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『転生しても憑いてきます』#39

 突如現れたその一声は、僕のあらゆる苦しみから解放された。
 意識と視界がグルグルと駆け回り、世界が百八十度回転しているかのような心地になり、気づけば僕は地上に寝そべっていた。
 目の前には、見覚えのある丈の長い服に八の字髭――あ、思い出した。
「パーラ大司教!」
 僕はガバッと起き上がると、警戒する獣みたいに身構えた。
 パーラは「大司教"様"と言っていただきたいものだね」と偉そうに髭を触っていた。
「こんな……ゲホッ、ゲホッ、こんなトコロ、所に一体何の用ですか?」
 まだ喉が正常になっておらず、若干咳き込みながら質問すると、大司教は「用も何もこの村は私の故郷だ」と何を言ってるんだという目で答えた。
 何ということだ。
 ここはお前の故郷なのか。
 教会っぽい建物とかチラホラあるなと思ったが、こいつの生まれた場所なのか。
 何とも言えない複雑な気持ちに駆られたが、ひとまず過去の恨みは置いておく事にした。
「大司教様こそ、この時間に何をしているんですか?」
「私の質問には答えず、尋ねるつもりか……まぁ、いいだろう。
 実は君に用があってきたんだ。カースくん」
 大司教はそう言うと、一枚の紙を渡した。
(僕に一体何の用があるのだろう)
 訝しげながらも受け取ると、その紙は新聞だった。
 見出しにこう書かれていた。

『学園長、急死』

 学園長、急死……?
 キャーラが死んだ……?
 死ん、死、し、死んだ?
 う、嘘だ。
 嘘だ。
「嘘だぁあああああああ!!!!」
 僕は紙をグシャグシャにして投げ棄てた。
 現実を受け入れられなかった。
 だって、約束したじゃないか。
 『また会おう』って。
 無理をしないで元気な姿を見せてって。
 それなのに……どうして。
 僕の制服姿を見るんじゃなかったのか。
 僕が成長した姿を見るんじゃなかったのか。
 ふと怨霊達の中にキャーラもいた事を思い出した。
 キャーラは僕に「死んで」と言っていた。
 また僕のせいで、死なせてしまったのか?
 もう訳がわかんないよ。
「あぁ……」
 頭を掻きむしりながら絶望した。
 大司教はその僕の反応性には無関心といった口調で話した。
「しかし、君の身内は不幸続きだな。
 母は罪人により処刑。
 長女と五女は戦死。
 次女は病死。
 四女もどうなるか……」
「やめてください!」
 僕は遮えるように叫んだ。
 ただでさえ、キャーラの突然の死で動揺しているのに、ケーナが不幸な目にあう想像はしたくない。
 大司教は「さすがに不謹慎だったな。すまない」と申し訳なさそうな顔をして謝った。
 僕はその顔にも腹が立って、「……クーナはあなたに魔物の子だと言われて火あぶりにされましたけどね」と嫌味っぽく言った。
 大司教は顔色一つ変えずに「あれは最善の結果だと思う」と答えた。
 最善? あんなのが?
 僕はカッとなって、「あんな残酷な処刑のどこが最善だと言うんですか?!」と詰め寄った。
 それでも大司教は引き下がらなかった。
「君は私情を挟み過ぎている。
 もう少し客観的に物事を見給え。
 魔物や魔族は君が思っている以上に恐ろしいんだ。
 喰う、奪う、犯す。
 己の欲求に率直で、自己中心的。
 中には賢いのもいるが、殆どは本能に忠実だ。
 アイツらのせいで、この世界の人間達は苦しめられ、恐れている。
 それを守るのが国であり、騎士であり、魔法使いだ。
 彼らのおかげで、この国は魔物からの恐怖を忘れ、平和な日常を過ごせるんだ。
 もし日常の中に魔物の血が通っている者が紛れ込んでいたらどう思う?
 万が一魔物と繋がっていて、強襲を仕掛けてくるかもしれない。
 そんな恐怖に怯えながら生活できるか?
 私は彼らの日常を守るために、君の姉さんをはりつけにしたんだ。
 一人の生存猶予と大勢の生存危機だったら、どっちを優先するのが最善だと思う?」
 何も返せなかった。
 いや、認めたくなかったんだ。
 確かにクーナを生かした所で、領民達の疑いは晴れないままだ。
 もしかしたらクーナがさらに苦しい思いを過ごすはめになったかもしれない。
 それでも、それでも、やっぱり死ぬのは悲しいよ。
「……じゃあ、もしも……もしも魔物より怖いものがあるとするなら、それは何ですか?」
 何も考えもせずに、僕の口から質問を投げかけてしまった。
 大司教は何かを探るように僕を見た後、「……まぁ、あるにはあるよ」と言った。
「欲だ。強いて言えば人間の欲だ。
 今、我々がこのような生活ができるのは、人の欲のおかげだ。
 料理、建築、政治、魔法、文化――これが発展したのは、人が生きたいという欲から生まれたものだ。
 中には、魔物みたいに自己中心的な欲で生まれたものもあるがね。
 戦争が一番良い例だ。
 欲の中には、小賢こざかしいのもある。
 革命がそうだ。
 普通の市民が日常を過ごしている裏で、反撃の準備を企てているようにな。
 もちろん、そんな大規模でなくても、個人的な欲求を果たそうとして、計画的な犯罪を犯す者もいる。
 大概は途中でバレて失敗に終わるが、中には完璧に隠しながら生きている者もいる。
 そいつは未来の不幸をよく理解している。
 先見のめいがある者が人の欲をうまく支配できるんだ」
 僕は大司教の話にジッと耳を傾けていた。
 大司教は僕の反応を確認するかのように静かに見た後、「長々と話してしまったな。もう夜も遅いし、ゆっくり寝なさい」と歩き出した。
「私はまた別の地で教えを説く。魔物の恐怖を和らげ、傷ついている者を癒やすためにな」
 大司教は再び歩き出したが、何かを思い出したかのように立ち止まり、振り返った。
「もう少し視野を広げる事だ。目の前の事実に一喜一憂するのではなく、色んな情報を手に入れるんだ。
 そうすれば、自分が今何をすべきなのかが分かる」
 大司教はそう言った後、一切振り向く事なく去っていった。

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