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『転生しても憑いてきます』#50

「うわあああああ!!!!」
 僕は叫ばずにはいられなかった。
 闇からキグルミの顔が現れたからだ。
 ヤツはジッと僕を見ると、何かキラッと光った。
 それが刃物だと分かった瞬間、反射的に「ボラ!」と魔法を唱えていた。
 至近距離からの火の球はけっこう熱くて、こっちまで燃えそうになったが、キグルミは何ともなさそうな顔をしていた。
 それを見た僕はすぐさま背を向けて走り出した。
 足元がほとんど見えないからか、何度も|
躓《つまず》きそうになった。
 しかし、背後から来るキグルミの恐怖でどうにか転ばずに走る事ができた。
 ケーナと一緒に学園長室まで行った時の事を思い出しながら走った。
 確かジャーメラが案内してくれた時は、校舎の入り口から急に五階になっていたっけ。
 という事は裏門は五階?
 いや、まずは一階に行ってからだ。
 もし頑張って最上階まで行ってなかったら最悪だ。
 この建物の構造は一直線、つまりずっと廊下を進めば、出口みたいな所にぶつかるはず。
 だから、まっすぐ進む。
 耳を澄ましてみると、キグルミらしき足音が近づいてきているような気がした。
 すると、突然全てのランタンに明かりがついた。
 思わず立ち止まり全方向に注意を向ける。
 しかし、付いてきたと思っていたキグルミの姿はなく、しゃがれた声も言わなくなった。
 もしかして諦めたのだろうか――と思いつつ廊下を進んでみた。
 歩くこと数分。
 まだ着かない。
 さらに数分。
 まだ着かない。
 少し不安になって、小走りする。
 けど、先が見えない。
 こんなに長かったっけと思いながら歩いてみる。
 一向に着かない。
 全力で走ってみる。
 着かない。
 あれ?
 全然着かないぞ?
 どうして?
 ニャイにおぶられた時はこんなに長くなかったはずなのに。
 ふとランタンを一つだけ割って、中の蝋燭を剥き出しにさせてみた。
 そして、再び走ってみると、割れたランタンが見えてきた。
 僕が割ったのはこれ以外ない。
 という事は――この廊下、同じ所をグルグル回っている?
 出口のない廊下に閉じ込められたのか。
 何だかゾワッとしてきた。
 僕はこのまま一生外に出られない恐怖が待っていると思うと、両脚が震えてきた。
 忘れていた痛みも思い出した。
 全身が針地獄みたいにズキズキと刺さり、膝から崩れ落ちた。
 痛みに悶ながら僕は悟った。
 おかっぱ怨霊のやつ、嵌めやがった。
 僕が教員棟に来る事を予想して、わざと怪物を使って中庭まで追い込ませたんだ。
 そして、二つの罠をしかけた。
 僕を中庭まで追い込ませて逃げ場を無くし、怪物に殺させる作戦。
 僕が教員棟に侵入した時、キグルミの怨霊が追いかけるフリをして無限に続く廊下に誘き寄せる作戦。
 きっとこの無限回廊は校舎が作り出したのだろう。
 このまま僕がヘトヘトに疲れ果てて、身動きが取れなくなった時に殺すつもりなのだ。
「ハハハ……」
 思わず笑ってしまった。
 僕はまんまと奴らの作戦にはまってしまったんだ。
 これがゲームだったら何かしらの謎解きがあって、それに正解したら出口が現れて抜け出せる。
 けど、これは現実だ。
 そんなのある訳がない。
 せっかく捕まえておいたのに、逃げる可能性をわざわざ作るなんて、そんな悪露かな事をするはずがない。
 僕はこの廊下の終身刑に処された囚人なんだ。
 脱獄は不可能。
 全身がダルくなってきた。
 自然と絨毯の上に倒れ込む。
 意識が朦朧としてきた。
 満身創痍の身体に無理やり働かせた疲れや痛みが一気に押し寄せてきた。
 眠くなってくる。
 このまま永眠できたら、どれほど幸せか。
 奴らに惨殺されるよりはマシだ。
 このまま眠らせてくれ。
 そのまま死にたい……。
 目を閉じて、身体を楽にした。
 足音が近づいてきているような気がした。
 きっとキグルミだ。
 早く寝ないと。
 このままだと生きたままバラバラになってしまう。
 僕は必死に眠りにつこうとした……が。
――春になれば〜♫
 どこからともなく歌が聞こえた。
 懐かしい。
 あの歌を最後に聞いたのは、僕が学園に合格したパーティーの時だったっけ。
 幼少期から奴らを倒せる事ができると信じていた学園が、まさか入学初日でこんな事になってしまうのか。
 僕は甘くみていたかもしれない。
 怨霊達に勝てる訳がなかったんだ。
 人間が怨霊相手に勝負を挑む事自体、無謀だったんだ。
 僕の負けだ。
 僕の負けだよ。
――雪降る夜は孤独になり不安に駆られるけど
――陽の光に暖められて正しい自分に戻れるから
 あぁ、なんて心地の良い歌なのだろう。
 まるで子守唄みたいだ。
 子守唄――そういえば、寝ている時に聞いた事があるような。
 そうだ。
 ケーナだ。
 ケーナに歌ってもらいながら寝たんだ。
 ……ケーナ。
 もし、このまま死んだらケーナはどう思うのだろう。
 酷く悲しむかもしれない。
 いや、『しれない』じゃない。
 絶対に悲しむ。
 牢獄に入れられて発狂していた僕をあんなに愛情を込めて世話をしてくれたケーナ。
 幼少期からずっと僕の事を心配してくれて、側にいてくれたケーナ。
 彼女のおかげで、僕はここまで生きてこれたじゃないか。
 その恩を仇で返すような事をしていいのか?
 いや、良くない。
 この無限回廊から脱出して、奴らを全滅させて、何もかも平和になったら、ケーナと一緒にレストランで町の人達に料理を振る舞って、のんびりと過ごすんだ。
 だから、こんな所で……。
「諦めてたまるかああああああああ!!!!」
 僕は叫ぶように手脚に力を込めた。
 最初はヤモリみたいに這っていったが、徐々に力を取り戻して、壁まで近づけた。
 それを支えにして、ゆっくりと立ち上がった。
 ふと殺気を感じると、キグルミが刃物を振り上げていた。
 僕は飛ぶように避けた。
 絨毯にザクッと突き刺さる。
 あれは斧――いや、なただ。
 中華包丁みたいな真四角の刃物をした鉈は、キグルミのサイズに適した大きさをしていた。
 もしあれが僕の身体に来れば、四肢切断は確実だ。
 キグルミは落ち着いた様子でそれを引っこ抜くと、僕の方を見た。
「グヒヒヒヒヒヒ」
 死んだような無表情から一転、血に塗れた無数の尖った歯を見せて笑った。
 その眼は奈落の底に落ちるかというくらい真っ黒だった。

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