【#シロクマ文芸部】鹿男の訪問
「紅葉鳥です」
彼はそう言って名刺を渡した。
見てみると、確かに『紅葉鳥』と書かれている。
『紅葉』が名字で、『鳥』が名か。変わった名前だ。
私は「よろしくお願いします」と受け取ると、男はこう尋ねてきた。
「最近、何かありましたか?」
ハァとしか返せなかった。
ここ最近は仕事と家の往復で、特にこれといったイベントは起こってない。
しかし、男は「思い出してください。何かあったはずです」と言われたが、どう思い返しても、落ち武者みたいな上司の顔しか思い浮かばなかった。
私はずっと首を傾げていると、男はハァと溜め息をついた。
「やはり、分からないですか」
彼はそう言うと、首を掴んだ。
ガコッとあり得ない切れ目が現れ、彼の頭が取れた。
私は悲鳴を上げた。
彼の頭が鹿に変わっていたからだ。
人間だと思っていたのは着ぐるみで、正体は鹿だったのだ。
私はすぐさま警察か市役所に連絡しようとしたが、鹿男に止められてしまった。
「待ってください。私はあなたに怨みを持っている訳ではないのです」
鹿男はそう言うと、スーツのジャケットから一枚の包み紙を取り出した。
「どうぞ。お受け取りください」
鹿男にそう言って差し出されたので、私は恐る恐る受け取った。
包み紙は紅葉柄の和紙で作られていた。
慎重に開けてみると、そこには一枚のチケットがあった。
よく見てみると、そこには『鹿国へのご招待』と書かれていた。
「これは……?」
私が尋ねると、鹿男は跪いた。
「私は鹿国の従者です。あなた様は今年の夏に一匹の小鹿をお助けになられたかと存じます。
それが我が国の殿様の孫なのです。
殿はあなたの行為に大変感服を受け、ぜひ我が城に正体したいと申し上げております」
鹿男の話を聞いて、私は思い出した。
そういえば、半年前に出張で山道を車で走っていた時に、小鹿が倒れていた。
私はすぐに車を止めて、近づいてみると、弱っていた。
私は車にひかれないように山の方まで連れていくと、親鹿らしきものがいたので、後は彼らに任せて去った。
普段から鳥とか虫とか助けていたから、当たり前過ぎて特に記憶に残っていなかった。
でも、その小鹿が鹿世界の偉い人の孫だとは。
これが夢なら夢のままでいいや。
「わ、分かりました」
私は彼らのご厚意に甘える事にした。
こんなしがない人生に突然ファンタジーなイベントが現れたら、乗るしかない。
従者は喜んで、私を連れて行ってくれた。
そして、和風の家で鹿人間達に囲まれながら豪勢なもてなしを受けた。
酒をもらいすぎたのか、酔い過ぎて寝落ちしてしまった。
翌朝、気がついたら自室にいた。
夢だったのかと思って起き上がると、何かが落ちる音がした。
見ると、床に一個の小包があった。
手に取って解いてみると、そこには瓶が一本入っていた。
緑色のガラス瓶なので、日本酒だと思い、今日は一日中暇だからと栓を抜いて一口飲んだ。
変な味だった。
苦すぎるのだ。
それにすぐに頭がフラフラしてきた。アルコールが回るのが早すぎるなと思っていると、包み紙に一枚の紙が入っている事に気づいた。
フラフラな手で取って見てみると、紙にはこう書かれていた。
『これであなたも我々の仲間』
私はすぐさま鏡を見た。
頭がトナカイになっていた。
この時、今後の生活の恐怖よりもある疑問が浮かんでいた。
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