『転生しても憑いてきます』#52

 無限回廊から抜けると、再び暗闇に戻っていた。
 もしかしてまだ続いているのか?
 だとしたら、最悪だ。
 そんな不安を抱きながら、ランタンを探して火をつけた後、歩き出した。
 妙に衣服の擦れる音や僕の心臓の鼓動しか聞こえない静寂さがさらに恐怖心を煽らせていった。
 頼む。
 頼むから、あってくれ。
 祈りながら進んでいくと、念願のドアを見つけた。
 走り出したい衝動に駆られていたが、また罠だったら嫌なので、忍び足で近づいていく。
 ドア付近まで何もない事が分かると、背後に警戒しつつ触ってみた。
 すると、すんなりとドアが開いた。
 飛び出してみると、そこは森――ではなく、中庭だった。
「……え?」
 今見ている光景が信じられなかった。
 最初は疲れで見間違えたかなと思い、目を擦ったりしてみたが、ぬかるんでいる道と散乱している机や椅子を見ると、間違いなく僕が怪物から逃げた時に通った場所だ。
 僕は確か中庭の入り口から入ってきたはずだ。
 それなのに、中庭に出てきた。
 という事は裏門とは反対の方向に出てきたのか?
「戻らないと――うわっ!」
 来た道を引き返そうとして振り返ったら、ドンッと誰かに押されてしまった。
 ぬかるみに尻もちをついてしまう。
「いたた……」
 一体誰だと思い睨みつけたが、相手を見た途端、血の気が引いた。
 コナが立っていたからだ。
 不気味にユラユラと身体を揺らしていた。
 前に襲われた時は顔が半分くらい欠けていたが、今回は全部揃っていた。
 いや、違う。
 恐る恐る立ち上がって同じ目線で見てみるが、注視すればするほど違和感があった。
 欠けていた部分に縫ったような痕があるのだ。
 瞳の色も左眼は黒目でパッチリしているのに、もう片方は猫みたいに釣り目で瞳が楕円形だった。
 その眼に見覚えがあった。
「キャーラ?」
 僕は声をかけると、コナがいきなり拍手した。
「正解! 正解! ヒヒヒヒヒヒ!!!」
 舌をだらしなく出して笑うコナの面影は消え、ただの残忍な人形にしか見えなかった。
 すると、また鐘の音が鳴った。
「ただいまから盛大な催し物が開かれます。
 気になる方は『生徒寮』の食堂まで来てください。
 なお、強制参加です。もし参加を拒否すれば係員がなたでバラバラに切り刻まれますので、ご注意ください。
 今から三十分後に開演致します。
 もし時間までにお越しにならなければ……」
 校内放送がそこで途切れると、今度は悲鳴が聞こえてきた。
 女性だ。
 まだ生存者がいたのか――と思っていたが、「いやあああああ!!」という悲痛な叫びで直感した。
 この声はケーナだ。
 ケーナが怨霊達に捕まっている?
 いや、待て。
 どうして、姉さんがこの学園にいるんだ?
 もしかしたら罠かもしれない。
 誰かが声色を変えて、僕を誘き寄せているんだ。
 そう思いたいが、もし本当だったら……うぅ、そんなの絶対に嫌だ。
 コナは僕の返事を待っているかのように|
屹立《きつりつ》していた。
 手にはキグルミが持っていたのと同じ鉈を握っていた。
 どうやら拒否すれば切り刻まれるのは本当らしい。
 でも、ケーナの声が本物かどうか――と答えを渋っていると、また校内放送が流れてきた。
「残り二十五分になりました。
 早くお越しにならないと、あなたの大切な人が大変な事になりますよ?」
 僕を煽るような口調で校舎がそう言ったら後、ギュィイイイインという工場か大工で使われてそうな金属が回る音が聞こえた。
 その音から直感すると、まさかチェーンソー?
「やだ! やめて! 来ないで……チュパチュパ……」
 ケーナと思わしき声はその耳障りな音を拒絶するような反応を示した後、チュパチュパと聞き馴染みのある音がした。
 おしゃぶりだ。
 もしそのなら……あの声は本物?
 そう仮定した時、改めて今置かれている状況にゾッとした。
 時間内に来なければ、ケーナは殺される。
 そんなの絶対に嫌だ。
「分かった。参加す――」
「時間ぎれぇええええええ!!!!」
 答えようとしたが、コナがいきなり鉈を振り下ろしてきた。
 僕は避けようとしたが、思うように脚が動かなかった。
 このまま脳天直撃かと思ったが、コナも同様でバランスを崩し、鉈を手から離してしまった。
 この隙を逃しはしまいとガムシャラに道を突破して、教室棟に入っていた。
 中は前と来た時と変わらなかった。
 教員棟と同じく廊下を直進すれば、教室棟と生徒寮へと繋ぐ中庭に出るはずだ。
 体感でここから全速力で走れば、五分以内には到着するはず。
 ……順調に行けばの話だけど。
「カーーースーーーーー!!!!」
 案の定、背後からコナが追いかけてきた。
 その速度はキグルミの比ではなく、ドンドン距離を縮めていった。
 まずい、まずいぞ。
 今の僕の体力はとっくに限界を越えていた。
 だから、少しでも障害物があろうものなら――と思っていた矢先に何かつまずいてしまった。
 見ると、あの果実が目の前に転がっていた。
 とっさに体勢を立て直そうとしたが、コナにまたがられて身動きできなくなっていた。
「いい加減、観念しろ。お前もケーナも学園ここで死ぬんだよ……」
 コナはそう言うと少し無言になった。
 鉈を構えているのが、容易に想像できた。
 僕は果実に手を伸ばそうとしたが、あと少しで届きそうな所で、指先が皮にあたってコロコロと転がっていってしまった。
「あぁ、あぁ……」
 思わず声が漏れてしまった。
 コナはフンと鼻で笑った。
「悪運尽きたなぁああああああ!!!」
 コナは叫んだ。
 あぁ、刺される――かと思った時。
「排除」
 デジャヴのような奇跡が起きたのだ。

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