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【#青ブラ文学部】かつて俳優だった男の話

 どうもどうも。
 相席、大丈夫ですか?
 どうもありがとう……あ、私はバーボンをロックで……えぇ、ツマミは適当にみつくろってください。
 どうも……いや、なぜこんなにガランとしていくらでも席が空いている状態なのに、あなたと相席をしたかと言いますとね……こちらを見せたかったんです。
 どうです? 綺麗でしょう。
 一見、手の平サイズの小さい宝箱の置き物と思いますよね……ですが、フタを開けると……ほら、聞こえてきたでしょう。
 そうです。オルゴールです。
 まるで、天使が囁いているような美しく淡い音色……聞いているだけで、日頃鬱屈と溜まっているドス黒い感情が浄化されていくでしょう?
 いやいや、これは失礼。
 別にあなたにそんな感情を持っているとは言っていません。
 私なんです。私の心の中は闇のように暗黒なんです。
 そもそもこれは私のものではないんです。
 こう見えて、若い頃は名の知れた俳優でしてね……あなたの世代だと知らないでしょうが、映画や舞台に引っ張りだこだったんです。
 もう引退してしまいましたが……まぁ、そのキッカケとなったのが、このオルゴールの元々の持ち主なんですけど。
 彼女は……そう、仕事仲間でした。
 私と同じくらい有名な俳優で、天性持って生まれた美貌を武器に数々の雑誌の表紙を飾ったり、映画のヒロインに抜擢されたりと……それはもう凄まじい人気でした。
 彼女と初めて出会ったのは……そう、ドラマの撮影でした。
 最初見た時は氷漬けにされたかのように固まってしまいましたね。
 こんな美しい人がこの世にいるのかと。
 私はどうにかお近づきになりたいと休憩時間に勇気を振り絞って話しかけてみたんです。
 そしたら、ニコッと微笑んで応えてくれたんです。
 この時、私は彼女が運命の人だと思いましたね……向こうはどう思っていたかは分からないですか。
 そこから何度か会う機会がありまして、私は晴れて恋人同士になりました。
 週に一回ぐらい彼女の好きなイタリアンを食べに行ったり、彼女の家にも行きました。
 私は同棲しようと何度か持ちかけましたが、「週刊誌に撮られるとマズイから」と言って断られてしまいました。
 まぁ、それもそうかと納得しながら関係を続けていたある日……不幸は突然訪れました。
 彼女は悪い男に騙されてしまったんです。
 相手は同じ俳優仲間で……仮にAとしましょうか。
 報道によると、Aと彼女は幼馴染みらしくて、小さい頃からお互い好きだったようです。
 今回結婚したのは彼女のお腹に新しい命が宿ったからだと。
 まさに電撃結婚! いや、できちゃった婚の方が正しいですね。
 まぁ、どっちにせよ、私の頭にいかずちが落ちたのは変わりないんですけど。
 私は報道があった深夜、こっそり彼女の家に行きまして、できちゃった婚について詰問したんです。
 すると、彼女は「あなたの恋人になった覚えはない」と言い出したんです。
 これは完全にAに洗脳されているなと確信した私は目覚めさせるために一発殴ったんです。
 もちろん軽くですよ。ですが、彼女はまだ目覚めませんでした。
 仕方なくもう一回、もう一回と続けているうちに彼女は何も言い返さなくなりました。
 ようやく解けたかなと思ったんですが……眠ってしまいました。
 いや、死にました。
 私は一気に自分のした事に対する後悔が襲いかかり、同時にこの先に待ち構えている破滅の未来を想像して絶望しました。
 その時、オルゴールが鳴ったんです。
 私が殴っている最中に落ちて鳴いたのかは不明ですが、その音色の心地良さに私は落ち着きを取り戻しました。
 と同時に私は、そのオルゴールが彼女の生まれ変わりだと思いました。
 すぐにそれを取って、指紋とかを消した後、窓からこっそり抜け出して家を後にしました。
 それから逃げるように彷徨い続け、この歳まで来ました。
 なぜあなたに話したのか……昔の彼女に似ていたからでしょうか……いや、うーん、よく分かりません。
 もしよろしければ、このオルゴールをあなたにプレゼントしたいんです。
 このオルゴールがあなたの元へ行きたいと言っているような気がするんです。
 もちろん、お金を払う必要はありません。
 しっかり綺麗に掃除してあるので、そちらもご心配なく。
 いかがですか……って、あれ?
 目の前で私の話を聞いていたはずなのに……あのすみません、私と相席をしていた人は?
 え? 帰られた?
 あぁ、そうですか……一体いつから独り言を……まぁ、いいです。
 こんな寂しい老人の話を聞いてくれる人なんて、世の中にどれだけいるか。
 それも人を殺した奴の話なんか……。
 すみません、お勘定を……え? たった一杯のお酒とおつまみ少しで300万円もするんですか?
 え? 相席した人のも含まれている?
 いやいや、どうして……その人が言ったんですか?
『私にツケてください』って?
 あの人は何を頼んだんですか……ドンペリ?
 えぇ?! ど、ドンペリってあのキャバクラとかにある……そんなの置いてあるんですか……あ、そういうお店なんですね。
 なるほど、私はまんまとハメられた訳ですか。
 クソッ! あぁ、もう!
 も、もし払えなかったらどうなるんですか?
 ち、地下労働?! 馬鹿な!
 この現代にそんなシステムが……や、やめろ! 離せ!
 あ、このオルゴールはどうですか?
 けっこう精巧に作られていて宝石も付いていますし……え? 足りない?
 ちょっと、待っ……くそぉおおおお!!!

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