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『転生しても憑いてきます』#49

「排除」
 番兵はそう言うと、斧を振り上げた。
 あぁ、真っ二つにされると分かった途端、僕は気が狂ったように命乞いをした。
「お願いします。助けてください。お願いします。お願いします……」
 もう立て続けに狂気的な出来事が起こり過ぎて、精神が故障してしかけていたからか、僕はお経を唱えるように、番兵に殺さないでくれと頼んだ。
 だが、番兵は無慈悲だった。
 斧を手放す素振りも見せず、勢い良く振り下ろした。
 思いっきり目を瞑る。
「ぎゃあああああああああ!!!」
 が、叫んだのは僕ではなく、校舎の方だった。
 突然僕の身体が動けるようになった。
 番兵が立ったまま僕を見ていた。
 真っ赤な斧を持っているにも関わらず、何もして来なかった。
 足元を見ると、首をちょん切られたニュイと、首から大量出血して血溜まりになっているニャイが倒れていた。
 一瞬悲鳴を上げそうになったが、番兵がまた斧を振り上げた事で、それを回避せねばという気持ちに切り替わった。
 しかし、番兵は僕ではなく、暗闇に斬りかかった。
「ああああああああああ!!!!」
 が、校舎が悶絶したように叫んでいた。
 番兵は何度も斬りつけた。
 その度に校舎は狂ったように叫び続けた。
 このどうしたらいいのか分からない光景を見ていると、ジャーメラが『番兵は敵だと思ったのを何でも攻撃してくる』という話を思い出した。
 もしかして、番兵は敵である発狂した先生や生徒、校舎を殺すために斧を振りかざしているのだろうか。
 そうなると、学園長を惨殺した理由も納得がいく。
 もしドラゴンの血を引いている学園長が教員達と同じように発狂したらどれだけの被害が出るか、分かったものじゃない。
 この番兵は決して怨霊達に毒される事なく、自分の役目を全うしているんだ。
 何だか胸がジーンとなって今にも泣き出しそうだった。
 そうこうしていると、校舎が「邪魔だ!」とどこからともなく巨大なハンマーが現れて、番兵を叩き潰そうとした。
「排除」
 番兵がそう言って、斧を横に向かせて野球のバッドを使うような素振りをした。
 刃がハンマーに命中し、使い物にならなくなった。
「うがあああああああ!!!」
 校舎は怒り狂ったように、次から次へと武器で攻撃してきたが、全部斧一本でバラバラにしてしまった。
 凄い。
 こんなにまともに戦っているのを見たのは、ビーラぶりだ。
 番兵と校舎の攻防は続いた。
 やがて、校舎が「ぐむむむ」と言って黙ってしまった。
 すると、ピカッと目も開けられないほどの閃光が襲ってきた。
 僕は目を瞑った。
 少し経って目を開けると、暗闇ではなく、教室に戻っていた。
 元の場所に帰ってきたらしい。
 僕の隣には、ニャイとニュイではなく、番兵が立っていた。
(ニャイ、ニュイ……)
 僕は突然失ってしまった双子の死を嘆いた。
 どうしてもっと注意を向けなかったんだと後悔した。
――カーン、カーン、カーン
 しかし、その嘆きはうるさい鐘の音でかき消される事になった。
「全職員に連絡します。
 カースという青年を見つけ次第、いかなる手段を使ってもいいので、惨殺してください。
 また鎧を着た男も見つけ次第、何がなんでも殺してください。
 以上です」
 何ともおぞましい校内放送が流れた直後、外から雄叫びが聞こえた。
 駆け足で窓を見ると、先生達が一目散に校舎の方へと向かっていた。
 僕は背中から出る冷や汗が止まらなかった。
 どうしよう、このままじゃ新入生かれらみたいに殺される。
 これは怨霊達が見せた幻でも夢でもない。
 もし拷問みたいな暴力が襲い掛かってきたらと考えると、両脚の震えが止まらなかった。
 想像より何十倍の痛みが全身に来るだろう。
 散々おもちゃみたいに、いたぶられた後は校舎に食べられる――うぅ、吐きそうだ。
 僕が先々の不穏な未来にうずくまりそうになっていると、番兵が「排除」と言って、教室を飛び出した。
 時間も経たずに、激しい爆音と雄叫びが入り混じった。
 どうやら交戦しているみたいだ。
 僕は唖然としていたが、頭の中に『これは絶好のチャンスじゃないか?』という言葉が浮かんだ。
 番兵に戦ってもらっている間に、こっそり抜け出そう。
 僕は駆け足で教室を飛び出した。
「シシシッ!」
 しかし、廊下から出てすぐにおかっぱ怨霊が待ち伏せしていた。
 奴は床に散乱したガラスを集めると、小さなナイフが出来た。
 それを突き刺すように僕に向かって飛んできた。
「うわっ!」
 とっさに教室に入り、間一髪かわした。
 が、今度は机や椅子が勝手に浮かんでパズルみたいに色々くっつき始めた。
 現れたのは、ゴーレムっぽい巨体をした怪物だった。
 頭部と胴体が机、手脚が椅子の怪物は雄叫びを上げると、僕目掛けて振り下ろした。
 僕は教室の出口へと急ぐ。
 ほぼ前転みたいに飛び出した直後、椅子がバラバラになる音が聞こえた。
 その際、飛び出た椅子が僕の身体にあたり、忘れかけていた激痛を思い出させてしまった。
「あ……が……」
 惨めに這いつくばってしまうほど、身体の言う事は聞かなかった。
 しかし、おかっぱ怨霊がここぞとばかりにあの怪物を教室から出させようとしていた。
 番兵もいない状態では間違いなく死――いや、諦めてたまるか。
「うおおおおおお!!!!」
 僕は雄叫びを上げながら自分の無能な身体に鞭をうち、無理やり立たせた。
 全身が粉々に砕けるかと思うくらい痛みが来たが、何とか耐えると、脚を引きずりながら走った。
 当然怪物は追いかけてきた。
 僕は振り返りながら進む。
 幸か不幸か肉体が大き過ぎて、うまく走れないみたいだった。
「シシ? シシシッ!」
 これにおかっぱ怨霊が気づいたのか、慌てて組み直していた。
 僕はチャンスとばかりに渾身の力を込めて走った。
 この学園に来て、二度目の全力疾走だった。
――ドンドンドンドンドン
 怪物の足音が聞こえてくる。
 かなり速い。
 だが、僕も負けてられない。
 絶対に逃げてやる。
 僕は階段を踏み外さないように降りて、廊下を進んだ。
 目指すは『教員棟』。
 裏門に向かう。
 案内を走りながら探す。
 『教員棟はあっち』という看板を見つけた。
 素直に従い進んでいくと、開かれたドアを見つけた。
 飛び出してみると、中庭だった。
 向こうに校舎が見える。
(よし、出れた)
 安心したのも束の間、背後から怪物の足音が迫ってきている。
 僕はまた走り出した。
 校舎と校舎の間には若干距離があるが、そこまでの道があまり舗装されていないらしく、何故かぬかるんでいた。
 そのせいか、両脚がうまく動かない。
 けど、背後から迫る怪物の咆哮が聞こえたので、がむしゃらに進んだ。
 どうにか抜けて、入り口まで来た。
 扉は閉ざされていた。
 ドアノブをガチャガチャまわしても、開かなかった。
「あなたの名前は?」
 すると、あいつの声が聞こえた。
「開けろ!」
 僕が叫ぶと、ドアは「残念。あなたはここで私の肉となるのです」と高笑いした。
 僕は蹴りを飛ばすが、びくともしない。
 振り返ると、怪物が徐々に近づいてきていた。
 畜生、こうなったら……。
 僕は少しだけ下がった。
「ボラ!」
 僕が火の魔法を唱えると、手から火球が放たれ、ドアに直撃した。
「ぎゃあああああああああ!!!!」
 すると、苦しむような声が響きわたった。
 火が苦手らしい。
「ボラ! ボラ! ボラ!」
 何度も火の球をドアにぶつけると、耐えられなくなったのか、ドアが開いた。
 急いで中に入った。
 ドアは勝手に閉まったと同時に、向こうでドンッと響いたかと思えば何かが崩れる音がした。
 あの怪物がドアに激突して崩れてしまったのだろうか。
 僕はホッと胸を撫で下ろしていた。
 中は明るかった。
 壁掛けランタンの火がユラユラ揺れている。
 僕は階段を探そうとした時、また鐘の音が鳴った。
「逃しはしないぞ、クソガキ」
 しゃがれた声で校舎はそう言うと、突然真っ暗になった。
「ボラッ!」
 僕は一回火の球を出してランタンがある所まで歩いた。
 手探りで取り、もう一度唱えて、ランタンの火をつけた。
 僕の周囲がぼんやりと明るくなった。
 警戒しながらゆっくり歩く。
 心臓が今にも爆発しそうなくらい鼓動している。
 その音が聞こえるほどこの廊下は静かだった。
 呼吸が荒くなり、足音が二重に聞こえてきた。
 ふと立ち止まると、何も聞こえない。
 もう一度歩く。
 今度は少し遅れて聞こえてきた。
 また止まってみると、ピタリと足音は止んだ――かと思ったら、足元が聞こえてきた。
 自分は立ち止まっているはずなのに。
 バッと振り返ると、ランタンの灯りに縫い付けられたような不気味な笑みが現れた。

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