誰かに髪の毛を乾かしてもらうとき、目を閉じると君にしてもらってるみたいで好き
ドライヤーが壊れたのは3日前だった。髪の毛を乾かしているとどんどんモーター音が大きくなってきて、なんと火花まで飛ぶようになった。増税前に買い換えるんだった、と少しだけ後悔して新宿ビックロに行き、モデルチェンジで安くなってたパナソニックのナノケアを買った。マイナスイオンの1000倍以上の水分を含む「ナノイー」なるものが発生するらしい。おかげで私の髪はするんするんのまとまりのあるサラサラ髪へと生まれ変わった。
私は髪の毛がコンプレックスだった。くせ毛で細くてふわふわしてすぐに絡まる厄介な髪だ。いつもコテで巻かないと収拾のつかない髪。君がせっかく撫でてくれても、サラサラじゃないのが恥ずかしくて嫌だった。指が引っかかったらどうしようって心配だった。でも君はそんな私の髪を乾かすのが何より好きだと言っていた。
いつか大喧嘩して君と住んでた家を飛び出し、かといって行く宛もなく1時間くらいして大人しく帰ったらお風呂を沸かして待っていてくれたことがあった。どうせ帰ってくるのは分かってた、と君は優しく笑って一緒にお風呂に入った。私が君の家に転がり込んで数ヶ月、だんだん君と一緒にいるのが当たり前になってた私だったけど、久しぶりに見る君の裸に私は密かに興奮し、シャワーを出しっぱなしにしたまま君に抱きついてめちゃくちゃにキスして脚を絡めたんだった。そのまま逆上せそうになりながらセックスした。がたいが良くて力強い君の身体は不安定な場所でも安心して身を任せられた。身体だけじゃない。不安定ですぐに居場所を見失う私の心も君に委ねていた。君は私の心をいつだってどうにでもできた。お風呂から出ると君は私の髪の毛を優しくタオルでぽんぽんして、丁寧にブラッシングしてからドライヤーで乾かしてくれた。温かくて、髪の毛を触られるのが気持ちよくてうとうとした。君は気持ちよさそうな顔をしてる私を猫みたいで可愛いと言った。私はここのまま死んだらどんなに幸せだろうかと不謹慎な考えが一瞬頭をよぎった。
私のサラサラになった髪をもし今君が触れたらなんて思うだろう。今日も仕事で遅くなって深夜、ナノケアで髪を乾かしながら考える。今なら撫でられても恥ずかしくない。君に触れてほしい。いや、俺はふわふわの方が好きだったなって君なら言うかもね。うん、そうに違いない。でもいいからとにかく触ってみてよ。もう二度と会うことのない君の少し思い出せなくなった、でも大好きで仕方なかった顔をまぶたに浮かべて、君に髪を乾かしてもらったあの日のAM2時の永遠を、抜け落ちた髪の毛と一緒に排水口に流した。
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