私はこの愛すべき身体一つで強く生きていく
久しぶりにパンツをはいた。普段はスカートしかはかない私はパンツを2〜3本しか持っていない。なぜ今日はパンツなのか、特段理由はないけれど、強いて言うなら今日は仕事帰りに新宿のTOHOで映画を観る予定だったから。新宿に住んでいるくせに私は歌舞伎町が怖い。外国人、酔っ払った集団、キャッチ、ナンパ、その他なんとも形容し難いイカれた人々、異臭、ゴミ、吸い込みたくない淀んだ空気。できればTOHOには近寄りたくない。
そんな街を通るからにはいつもと少し違う自分になりたかった。タイトスカートにピンヒールも気合が入るけれど、パンツスタイルにピンヒールもまた違った意味で気合が入る。そしてもう一つ理由がある。認めたくないけれどもう君は私を好きじゃないことにいい加減気づいてしまったから。バカみたいに私はあのとき泣いたから君はいなくなった。分かってる。だからもう簡単には泣かない大人のかっこいい女を今日くらいは演じたかった。
朝家を出る前に鏡に映る自分を見て私は納得した。黒の、足首が細く見えるテーパード。きゅっと上がったヒップライン──最近がんばって鍛えてる成果、かな?──これなら大丈夫。戦闘靴のピンヒールを履いて家を出た。今日は寒くない。
仕事を定時に終えてオフィスから新宿へ向かい颯爽と歩いてTOHOへ向かう。『YESTERDAY』を観て帰りは敢えてビートルズではなくoasisのWonderwallを聴きながら早歩きで帰った。少し肌寒くてポケットに手を突っ込んで「早くここを通り抜けてしまいたい」と思うと、いつもは歩くのが遅い私でもこんなに速く歩けるんだと自分でびっくりした。早く通り抜けたいだけじゃない、パンツをはいた私は確実にいつもより強気な女になっていた。スタバに寄った私も強い女だった。憧れていた大人の女になったみたいで気分が良かった。君も忘れてしまえそうだった。君の前で子どもみたいに泣きじゃくった私はもういない。
自分の機嫌を自分でとることを覚えたのは去年。今年は強気な自分を演じることを覚えよう。パンツだけじゃない、私を強くしてくれるものはきっとある。赤いリップや強めのアイライン、鍛えたお尻、仕事に対する絶対的な自信、もう泣かない、君からの連絡ももう返さない。
君がいなくたって生きていける強い女になりたい。家に着いた私はテーパードパンツもトップスも踊るように軽やかに脱ぎ捨ててピンヒールと早歩きのせいで疲れた脚をソファに投げ出した。まだWonderwallをリピートしてる。今朝全身をチェックした鏡には、ブラとショーツだけを身につけた無防備な私がいた。明日も強くいよう。君なんかいなくたって私はこの愛すべき身体一つで強く生きていける。