少し蒸してきた23時、一年前の初夏を思い出す
あのさ、無性に連絡したくなるときが今でもあるよ。もうとっくに忘れられてるしすっきりしてるはずなんだけど、ふとした瞬間、たとえば雑誌か何かでクリムトの絵を見たときは君と上野のクリムト展に行ったことを思い出すし、地下鉄ではじっこの席に座れば隣に君がいて肩にもたれかかったことを思い出すし、寝る前に気づくと思い浮かべてるのは君の顔だったりする。
もう連絡しちゃいけないんだろうし、もちろん君から連絡くれることはない。しようと思えばできちゃうところが余計につらい。今日みたいな夜。無性に君に会いたくて、会えないなら声が聞きたくて、それも無理ならLINEして君と電波で繋がってたい。一方通行の電波なんだろうけど、君に届くならうれしい。あるいはもう届かないかもしれない。確かめるのは、怖い。
標本のように綺麗に残しておきたい。初夏、少し蒸してきた23時、エアコンで冷えた君の二の腕はひんやり冷たくて抱きしめられるとあったかくていい匂いがした。なんでもない真夜中、部屋の電気を暗くしてサンダルウッドのアロマの香りの中、何もない天井を見上げてその瞬間を何度も再生する。一生忘れたくないし、ほんの一欠片でも落としたくない思い出だから。誰と一緒にいても、夜思い出すのは君がいい。誰かを抱きしめていても、誰かに抱かれていても、想像するのは君がいい。全部ぜんぶ、残しておきたい。君がくれたもの、感情、光景、記憶、すべて。
一年前は、ずっと続けられるような気がしてた。いつか終わるなんて信じられなかった。不都合な真実は見てみぬフリをして、気づかないふりして、あとで考えようとして、このまま忘れちゃおうとして。現実から目を背けてたのは私で、君は私と現実を見つめていた。あの瞳はそういう瞳だった。
ね、連絡してもいいですか?会いたいって言ったら迷惑ですか?会いたいのは私だけですか?君もときどきは私のことを思い出したりしますか?なんて、真夜中はそんなこと考えがち。感傷的になって寝るのも悪くないでしょ。明日は早起きして自分を甘やかそう。シナモンロールとクロワッサンを両方買って、どっちを食べるかギリギリまで悩もう。二度寝するのもいい。自分でフライドポテトを作って、おっきいテレビでひたすらネトフリ観るのもよさそう。そうやって自分を大事にして、今日も明日も君がいなくても生きていきたい。
完璧に覚えてたいのに、少しずつ忘れたい。君は、そんな人。
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