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ポケットに入ってたのは私が欲しかった君との未来だった

「で、これからどうするの?」と聞かれた私は何も言えなかったけど、指輪を外した自分の指を見つめながら鼻の奥がつんとしてどんどん目に涙が溢れて視界がぼやけていくのを感じた。こんなとき私が憧れる大人の女は絶対に涙を零さない。でも私の涙は情けないくらい勝手に、私の意思なんか無視してぽろぽろと、ビー玉がこぼれるかのような大粒の珠が頬を伝っていた。指で拭っても追いつかないほどで慌ててハンカチを取り出して抑えるけれど、拭えるものがあると分かったら余計に私の涙は溢れてくるのだった。

私の涙を見てきっと君は理解したんだと思う、私たちは一緒になれないんだって。私はどこまでもずるかった。「私たち一緒になれない」っていい加減、後戻りできなくなる前に──もう戻れないのは私──言わなきゃいけないのに言えなかった。言いたくなかった。二人ボロボロになるまで一緒にいたかった、いつかその日が来るまで自分の口からは一緒になれないなんて言えなかった。でも言わなきゃいけないのは分かってたから泣いたんだ。君ならこの涙の理由が分かるって知ってた。

だから君はもうその瞬間から私に触れなかったんだ。お店を出てエレベーターに二人きり、私は酔いに任せて後ろから抱きついたけど君は少しも動かずにまっすぐ前を見据えていたし改札の前まで送ったけどキスどころか手にも触れなかった。鈍感な私でも君に拒否されてるのはさすがに分かったよ。

あのとき泣かなきゃよかった。我慢すればよかった。そしたら君はまだ私に触れてくれたよね。これからもあと少しは一緒にいてくれたよね。まだ一緒にいたかったんだよね、私は。まだもう少し君の大好きな顔を見てたかったし大好きな声で名前を呼んでほしかったし君の狭くて散らかった部屋で抱き合いたかったし現実を忘れるほどぐちゃぐちゃにセックスしたかったんだよね。そう思ったらまたどんどん涙が溢れてきた。もうこんなの嫌だ、すぐに泣く自分が弱くてバカみたいで嫌い。子どもみたいに泣きじゃくって嗚咽しながら自分の家へ向かった。

で、これからどうするの、私。泣いたままでいいのかよ。マンションに着き上着を脱いでポケットに手を突っ込むといつかの映画の半券が出てきた。『永遠に僕のもの』。一緒になれなかった私たち。永遠に私のものでいてほしかった君。もう帰ってこない二人の時間。

私は涙を拭いて半券を小さく丸めてベランダから投げ捨てた。

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十月 咲
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