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オレンジの切り口を見つめて

 時刻は23時半を回る。私の車も時速40キロほどでノロノロと回る。バイトの帰り道は信号機すらもう仕事を終え、チカチカと点滅して休息をとっている。
 今夜は上弦の月だが、なんだかやけに赤みを帯びている。バイト先を出た頃はそんなことなかった気がしたから、15分ほどでその姿を変えている。橙色になった半分の月は、まさに切ったオレンジの果実のように見えた。

 どこかの国のことわざに、『オレンジの片割れ』という言い回しがある。(スペインらしい。今調べた。)いつかどこかで聞き齧った言葉だが、この言い回しを初めて聞いたときの衝撃は凄まじかった。果実の切り口は隣合うたった二つだけが同じ形をしていて、『オレンジの片割れ』または『半分のオレンジ』は、それに準えて運命の相手だとか魂のパートナーを意味していることわざらしい。こういった言葉には、名詞そのものの持つ鮮やかなイメージと先人の詩的でどこか切ない表現センスが合わさっていて、あまりに綺麗で打ち震えてしまう。
 いつかの誰かがオレンジを二つに割った時、愛しい人を想って「これは私たちだ。」なんて考えていたとしたら、それはなんて美しい瞬間だろう。

 私は世界のこういった美しい言葉を集めて並べたい。受けた衝撃を噛み砕いて飲み込んで、自分の血肉にしてしまいたい。橙色に染まった半月を見てこの言葉を思い出したように、他の素敵な言い回しも自分の引き出しいっぱいに詰め込みたい。そしていつか、自分の気持ちをクリティカルに表現するような、自分だけの言い回しなんかを生み出せたら思い残すことはない。
 世界に言葉は多すぎるのに、現象や感情は言葉では表しきれないものが多すぎる。「言葉にならない程……」となった時の気持ちまでも言葉にしてしまいたくなる。強慾?

 こうして文章を綴っているうちに、オレンジの月はまた位置を変えて、閑かな住宅街のどこかの屋根裏に隠れてしまった。今もまだ、オレンジでいるだろうか。難しい顔をして空を見上げたりスマホと睨めっこしたりする私を囲んで、星たちは笑うように瞬く。今日は昼間ずっと寝ていたからあまり眠くない。前回に続き、また夜の文章を書いた。私は本当に夜が好きだね。おやすみ。

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