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現代人は文明を持て余している?
こんにちは。紗月皐です。
「紗月皐の遠回し・主観評論」実質的な初投稿です。
ということで、今私の中で最も熱いテーマである現代文明の発達しすぎ問題について穿った目線を優しく包んで書いていこうと思います。
さて、現代に生きるどれだけの人が、現代に存在する多くの技術を扱えるのでしょうか?
もちろん各カテゴリにおいて専門性は存在するので一括りにするのもお門違いではあるだろうと思いますが、個人的な感覚では全人類の二割にも満たないのではないかと感じるのです。もっと少ないかも。
かく言う私も自信はほとんどありません。よく近代化とその普及の一例としてスマートフォンやパーソナルコンピューターが挙げられると思いますが、そんな身近なものですら皆さん持て余していませんか?
私はそれなりに使用できるのでは、と感じておりますが、自分が想像するより何十倍も扱えてないと感じています。
また、先程取り上げた例に準じますと若年層の視力低下やスマホ依存のような現代病も深刻な気がしています。現代病の厄介なところは身体的、精神的問わず様々な症状に襲われる可能性がある、というところでしょうか。
そしてこれは私が当事者であるからこその意見ではあるのですが、どちらかと言えば精神的な病はかなり厄介な上に、割合的にもコチラの方が多いと思うのです。主観だからデータは調べてください。
その他にもAI技術の発達で人々の仕事がなくなることの危惧やテクノロジーによる人的被害に関する事象はいろいろと起こるわけで、それは文明に溺れてしまっていると言っていいのではないかと感じるのです。
そして文明の進歩に置いて行かれるとどうなるのかと言うと、文明を悪用するけしからん輩に搾取されてしまう可能性まであると…。
利便性や効率を求め過ぎた結果、人類にもたらされるものは進化か退化か。進化であろうとし続けるためにはいったい何が必要なのでしょうか?
おそらくその答えを出すことは難しいと思います。我々のように文明を享受しているだけであるならば尚更。もはやその時点で手遅れなのかもしれません。
自らの手で自らの首を絞め過ぎないように、ほどよく自然と戯れましょう。もしかしたらそれが一番健全なのかもしれません。
初めてのマガジン執筆で少し急ぎ足な感じになりましたが、主観をつらつらと書き殴り、思考をより洗練していきたいと思います。これからもよろしくナ。