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繭つむぎ

 生まれてくるのが早かった。私の心は剥き出しで、それが酷く痛んだ。私の心は体と脳へ貧相な細胞だけで繋がれていた。

 まだ未熟児だった私は、周囲の落ち葉に身を隠した。できるだけ丈夫な若い落ち葉を選び、何重も何重も繭を作るように自らに纏った。すると私の心の痛みも僅かに癒やされた。

 雨が降った。私は雨とは知らずに繭の中でじっとしてた。落ち葉の上で跳ねる雨音を聞いてた。やがて雨が強くなり、私は雨水と共に流され、いつの間にか川へ出て海へ出た。
 長い道のりだったような気がする。私は流されながらも私の箱舟である繭を、水の上の落ち葉を拾い更に大きく丈夫に仕上げた。私の能力も段々と目覚め、箱舟は水漏れの一つも起こさなかった。

 砂浜に転げ出た私は流木の空洞の中に身を再び隠した。幾月も幾月も。海は満ち干きを繰り返し、私は海の音に耳を澄ませ、幾月も幾月も眠ったままだった。

 ある朝、ひんやりとした何かにつつかれ、私は自らの頬の辺りを触った。私はもう既に人の形をしていた。

「すみません、ここで何を……」

若い女が鎖で繋いだ生き物を連れていた。

「眠っていた。」

と、私は答えた。


 その晩、落ち葉でできた繭を解体した。私は夜空を見上げ、星の瞬きを糸にし、落ち葉を縫って服を作った。

 今日は、この星での私の仕える主人が決まった大切な日になった。

 私の体に初めて触れた者が主人となる。それが私の生まれた星の決まり事だった。
そう、私に触れた主人はあの若い女……ではなく、あの生き物。おそらく犬。

 私は再び空を見上げた。
『S.O.S』の信号を私は生まれて初めて故郷に放った。


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