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連載小説「出帆の時は来た」 第4回

土曜日の朝が訪れた。

龍之介がベッドから起き上がると、朝までに入ったニュースの映像と音声が流される。龍之介の起床を感知したスマートスピーカーから、映像はホログラムとして投影されベッドルームの空間に浮き上がり、音声はアナウンサーがニュースをひとしきり読み上げる。

平日は仕事をする日としているので平日の朝はニュース以外にも仕事関係の連絡がスマートスピーカーから読み上げられる設定としているが、今日から2週間後の日曜日までは休暇を取るため、これから2週間、仕事関係の連絡は読み上げられない。

いつものコワーキングスペースがある中央駅には、今日は近づかないので、龍之介は、これからの2週間、旅の気持ちに没頭するつもりになっている。在宅勤務のスペースをとってある部屋にも入らないつもりだ。

起き上がるやいなや、そのような感じで気持ちを盛り上げ始め、午前11時に環状線で中央駅から南に2つめの駅の近くまで予約した旅行サービスに赴くため、移動手段の設定などをしてから、朝食の準備をした。

EH(イーエイチ。エキップト・ヒューマン)な繋がっているヒトたちであれば、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)を通して手を動かさずとも、移動手段の設定や朝食の準備など、それこそ朝飯前なのに、「オールドファッションド」な龍之介は、自分の手を動かして操作をする。

腕時計型ウエアラブルデバイスすらポケットに入れておく性分で、身体に何も装着してもいないし、埋め込んでもいなかったから、自分の手を動かす以外になかった。龍之介が起き上がったことを感知したスマートスピーカーが自動でニュースを読んでくれるのは、その初期設定を解除していなかっただけの理由だった。

シャワーを浴び、外出着に着替えて、ダイニングテーブルに戻ると朝食が出来上がっていた。外出着と言ってもTシャツにジーンズといういつもの身支度だったが。朝食が出来上がっていたと言っても、トーストを焼いて、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れただけだったが。

トーストとコーヒーとサプリメント入りのチョコウエハースを頬張ると、そろそろロボタクシーがアパートメントの前に迎えに来る頃だった。

龍之介が、住戸のアパートメントユニットから出て、エレベーターで階下に向かい、アパートメントのエントランスホールに着くと、エントランスドアの外にちょうど流線型でカプセル剤の形の1人乗りロボタクシーがやって来たのが見えた。

昨日の帰りのロボタクシーは旧式で、窓もそれほど大きくなかったが、今回のはカプセルの上部が前後とも全て透明で、曲面状の液晶が装着された見通しの良いロボタクシーだった。龍之介が乗り込むと、透明だった液晶が、半分すりガラスのような乳白色に変わり、中に乗っている人が容易には覗けないようになった。

龍之介は「こんなロボタクシーじゃなくて、中が覗けるやつでも良かったのに」と思いながら摩天楼の麓をロボタクシーが移動していくと、10分もかからずに、ロボタクシーは止まった。

いきなりタイムスリップしてきたかのような風景のストリートだった。

目的地の東亜旅行公社は、1970年ころに建てられたような古色蒼然とした雑居ビルの中にあった。6階建てだろうか。その隣には、さらに50年くらい前に建てられた商店のような木造2階建てで、銅板やタイル、スレートなどで看板が施されているさらに古めかしく、有形文化財に指定されてもおかしくはないだろう建物が3軒くらい建っていた。

もしかしたらエレベーターがない雑居ビルは、通りから3段、コンクリートの階段を上ると入口があった。入口を入って左側には、さらに階段があり、右側には奥の事務所に抜ける狭い廊下があった。その奥の事務所が東亜旅行公社だった。

瓶の底のような模様が浮き上がるように施された型板ガラスが嵌め込まれたグレーのドアを、真鍮製と思われるレバーハンドルを回した。ドアを引き開けると、すぐに大きな衝立とその前に胸の高さまである書類棚があり、その上の呼び鈴があったので鳴らすと、同時に衝立の後ろから女性の声がする。

「どうぞ」

衝立の後ろに移動すると、そこは応接スペースだった。座ると座面より膝が高くなるような低い1人がけのソファーが横並びで2脚1組、それらが低い木製のテーブルをはさんで、向かい合わせに2組しつらえてあった。

まだタイムスリップしてきた感覚から逃れられない。

黒縁のようなフォックスオーバルの細身の眼鏡をかけ、少し長い髪を後ろで結んで、グレーのスーツに身をまとった女性が、それほど分厚くはないファイルを胸に抱えて、抱えた手には名刺入れを持って、やってきた。

ファイルをテーブルに置き、女性は名刺入れから名刺を出して、龍之介に差し出した。

「東亜旅行公社相談員の芦田と申します。カミサカ リュウノスケさんですね」

名刺には、東亜旅行公社の所在地と「相談員 芦田萌音」と記されてあった。

「アシダ モネ さん」

「そうです。アシダ モネです。よろしくお願いします」

「神坂龍之介です」

「今日は、旅行のご相談ですね。早速ですが、プランのご説明を始めます」


すでにタイムスリップしたような旅行した気分となっていた龍之介は、この事務所や事務所が入っている雑居ビル、その隣の建物、その建物などが建っている通りなどについて色々な質問を訊いてみたい気持ちが募ったが、萌音はそんなことはお構いなく、プランの説明を始めた。

(続く)

<気の早い執筆後記>
この文章は、サイエンティフィック・デイドリーム(Scientific Daydream = 科学的白日夢)と銘打ちます。「空想科学小説」未満の妄想として書き進めていく、という意味で考えています。

小説のタイトル「出帆の時は来た 〜 Long Distance Voyager 〜」に変更はありませんが、今回から、毎回のnote記事のタイトルは短縮版(「出帆の時は来た」)で表示します。

2021年以降の何年か何十年先のある国が舞台の未来の小説ですが、場所や時代については、おいおい説明していきます。まだプロローグの段階です(このプロローグ的な状態はもう少し続きます)。

まずは週1回の予定で更新していますが、だんだんペースを上げて更新することを考えています。
(4月に入った段階で、週2回の更新で、少しペースを上げる予定でいます。また、それに合わせて、描写などをもう少し追加するつもりです。)

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