音楽
ミッシェルガンエレファントの演奏会かなにか、といったボリュームで上空を機体が通り過ぎる。
友軍かも分からない。
辺りに立ち込めるムンとした熱帯特有の青臭さが嫌で煙草に火をつける。
上半期最悪の味だけど幾ばくかは気が紛れた。
ガサッと草をかき分けいやな音、
隣で先程までうつらうつらとしていたウィードがやおら銃を固く握り締めた気がした。
交代制とはいえ、夜半の哨戒は最悪だ。
緊張と疲労が7対3でブレンドされ、
夜は眠れと言う神様のプログラムに逆う悪魔の時間だ。
脂と泥で顔をてらつかせたウィードがこちらを伺う。
私は昔から耳が良い。先程の物音は大人の兵士が出すような重さは感じなかった。
吸いかけの煙草を差し出す。
ニコチンと緊張が混合されたエクトプラズムが口から昇華され、 ウィードは私に問いかける。
「カントクは故郷では何してたんだ?映画でも撮っていたのか?」
「まさか、ただの、エンジニア」
おしゃぶり昆布の浜風を取り出し、まとめて口に放り込んだ。
「なんでカントクって呼ばれてるんだ」
「お前がウィードって呼ばれている理由を答えてくれたらな。おしゃぶるか?」
「いや、しゃぶらない。俺は大麻栽培が得意でね。ドラム式洗濯機をプラントに改造するんだ」
「園芸屋か」
「ああ、全ての大麻は俺の体に入る為に背を高くするし、俺も大麻の為に毎日の晴れを願い、日光でセロトニンも生成される。 最高だ、クソ暑い真夏のジーパンを脱いで蒸れた金玉が解放された感覚に近い、カントクには分からんか」
「いや、そんな事は無いさ」
「あんたもなにかやるのかい」
「チャックって友達がいてな、バンドマンなんだけど」
「オナニーか?」
「ああ、私のオナニーでシコれよ。最後かも知れないし。チャックは、私の親友さ。そうだな、憧れと言っても良いかもしれない」
「姉ちゃんのオリモノを食ってしまった時並に気持ち悪い台詞だな」
「私も団地の階段で先輩に咥えさせられた時ぐらいには今ヒマしてるんだ。 チャックはドラムが得意でね。
初めて姿を見たのは文化祭の時だったかな。
勿論この私が好意を持っているんだ、すぐに仲良くなった。
当時からチャックはバンドを組んでいて、音楽一辺倒。
私も悔しくて、どうにか追いつこうと感情の掃き溜め見たいな学生新聞を始めたよ」
「息継ぎって知ってるか?カントク」
「共同便所みたいなお前の口臭のおかげか、今日は呼吸を忘れがち」
「お前の宝物のボーイズラブ小説を書いたのは俺の兄だ」
「しゃぶるか?」
口から溶解した昆布を取り出す。
「まったくもってしゃぶらない」
「そうか、まぁ聞け。チャックの出す音は、最高だ。プールの更衣室みたいに蒸し暑い地下のライブハウス、片手には冷えたビール、期待で弾けそうなフロア。
あのスネアの音が刻まれるたびに照明が死ぬ間際かってぐらいに輝き、号令の様に全員が踊り狂う、または安いブリキ製の玩具のように頭を縦にふる。 勿論、私もそのひとりさ。 音楽ってなんなんだろうな、文字とか言葉は敵わないのかな。どう思う、ウィード」
「さっきのやつ、俺にもくれ」
「昆布か、ほら。お食べ。
おい、何をしてるんだ、ちゃんとしゃぶれ、その白いのを舐めとり、おしゃぶるのが美味いんだ。どうだ、美味いだろう。
ああ、楽しみだ。初めての作曲を私に捧げてくれるそうだ。
チャックはセンスがある。あいつの音楽は最高だ。
贔屓のスポーツチームが激戦の上逆転勝利をしたらどうだ?叫ぶだろう。
それを一人でやってのけるってのはどうだ。ああ、ビールに呑まれて、踊り狂いたい、あの昆虫みたいに鋭いハイハットで」
「もういいよ、俺も喋らせろ。とりあえずせーので今言いたい言葉を吐いてこの話は終わりにしよう」
「カプチーノ飲みたい」 「あんた、ハメ撮りさせてくれるんだろう?」
私がお前に、いやこのクソッタレた世界にただ一つ言いたいのは、あいつが音を鳴らせば、私は無敵になれるってこと。 音楽は、あいつは、そうゆうものなんだよ。それを教えたかった、知ってほしかった、あいつを。カフェオレ飲みたい。カプチーノだっけ。
「それじゃあ早速」
チャック、私もう●●ちゃんって呼ばれてないよ。カントクって呼ばれているの。撮るほうじゃない。撮られるほうなのに。
ウィードがヤニ臭い息を私に吹きかけながら、近づいてきた。シミまみれの肌だ、遠くで鳥の鳴き声、空いっぱいの星、音は聞こえないけどあの先にはキレイな海がある。地図で見た。
強烈なバスドラムの音がした、二十メートル先の蛸壺が爆風で吹っ飛ぶ。
ガサッと草をかき分けいやな音、
さっきの音は、君か。
目が合った子どもの首元にぶら下がった地元少年兵御用達爆殺ネックレスが、ピカリと輝く。
多分ダメだこれ。あ、ジムの退会手続きしてない。皆さん、良い一日を。
お先に死にます。
短歌と掌編小説と俳句を書く