巫女と龍神と鬼と百年の恋 ③
「こりゃぁ、油揚げだな」
「俺の取っておいた団子食べた奴は誰だ」
「魚はやっぱり生だな」
「何を焼いた魚のが美味しいに決まってらぁ」
「それ違う、おいらの尻尾。食べ物じゃない」
各々好きな食べ物に夢中になっている。妖達が大勢いるのに地獄絵図というよりもお祭りのような賑わい。
私の周りにも大小さまざまな妖が入れ替わり近寄ってくる。食べきれない程の料理をよそって来てくれるモノ、お互いの足の速さを競った時の話をしようとするモノもいる。
「細波、ちょっと気になることがあるんだが」
桜花が他の妖達を退けて隣に座る。蒐が憎らしそうにこちらを睨みつけているのを桜花は気にする風もなく去年採れた米で作った日本酒を口にしていた。
「気づいているとは思うが、実りが悪くてな」
妖達の腹を満たしている食材は家の裏手にある畑で採れたものだった。他の村人の畑が荒らさることがあっても私の畑が無事なのは妖達が獣を驚かせているため。他の畑も守って欲しいと頼んだ時は「守るならその分食べていいんだな」と笑顔で返されてしまって、慌てて止めたのを覚えている。ただで守ることは無い。裏手の畑を守っているのも自分達の食料の確保が一番の理由。私はその食材を少し分けてもらっているに過ぎないのだ。
「年々減ってきているのは感じていたけど」
腹が空いたと泣いていれば聞かされる村の実話。人柱になった少女の話がよぎる。
「細波が務めを果たしているのは分かっておるが、村の人がそうとは限らない」
「私の気持ちは届いていないのかな」
母さんは視る力は無かったが、巫女としての仕事は毎日きちんとこなしていた。私も教わっている限りのことはしっかりやった。はじめは能力のない者が祈りを上げてはいけないのかと考えたが、私に代替わりをしても減少は進む一方だった。
「桜花は長く居るのよね」
私が物心ついた時にはそばに居てくれた妖の一人。他の妖達は桜花と私が仲良くなってから近くに集まってきた。
「500年前からいたね。力のある者が全て細波のように受け入れてはくれないから、陰から見ていたこともあったわ」
私の血筋は昔、京の都で妖退治をしていたと手記に書かれていた。数年に一度の頻度で“本家”が旅人に混じり村の様子を伺いに来ているとも。そういった人には必ず鬼やら何かが守護している。
「受け入れてもらえればいつくこともある。細波の隣は居心地がいい」
くいっと杯に入っているお酒を飲み干す桜花。妖の中でも酒に酔うモノもいるが、桜花が酒に酔いつぶれている姿を見たことが無かった。
「力を持つ者が生れるとは限らないからな。細波の血統は生まれやすいというだけ。血が途絶えぬよう、本家が時々人を派遣している。現地の巫女とは接触をしないのが習わしだな」
「そういえば話しかけようとして逃げられたっけ」
力の使い方が他にも存在するなら教えてもらいたいと後を付けたことがある。近づこうとすれば一定の距離を保たれ、村に居る妖達に協力してもらっても逃げられてしまった。
「龍神は一癖ある。細波が祈りを上げても雨を降らせるのをサボることがあってもおかしくないわ」
「あったことがあるの?」
「わらわはただの妖に過ぎぬからな。直接会うことは無いが、人々を守るために居るというよりもただ土地を気に入っているところに人が居ついて、加護を受けている。日照りが続くのは細波の力不足が理由ではないから安心せい」
「うん」
いつ、村の人達に責められるかヒヤヒヤしているのを感じ取っているのかもしれない。巫女の手記を読んでもここ500年は特に問題は起きていない。逆を言えば母さんの代から悪くなってきている。
そう、私の代で挽回する方法を探さなければならない。実りが少なくなってきてから手記を紐解いていても何も有力な方法は見つけられていない。
「何があっても細波の味方じゃ」
母親のようなぬくもりを桜花は与えてくれる。ギュッと抱き着く。私が村からいなくなったとしても、代わりは直ぐにやってくる。本家と関わりを持てない理由も記されていないので真実は分からないけど。
巫女として私がやれることは少ない。
「思い詰めるな、細波。心のままに動きなさい」
話終わると、細波はわらわの膝の上でスヤスヤと寝息を立て始めた。
まだまだ子供の面影を残した少女。
人の子でありながら、妖怪達の側にいると心が安らぐとポツリと呟いた日を思い出す。人の世で生きることが幸せだと思いながらも、自分達のそばに居ることを選ばざるおえない状況。人外の力が恐れられるのは昔から変わらないが細波が愛情を覚えずに育つ理由にはならない。
わらわは細波が愛しゅうて、仕方がない。
細波が起きないよう、妖怪達はひっそりと宴を楽しむ。細波が寝た後に本性の姿で宴を楽しむモノの方が多いかもしれない。
寝ている細波を見守りながら、酒をちびちび口に運ぶ。
「桜花、お前はまた独り占めする気か」
わらわが細波の頭を優しく撫でてあげていると目聡い蒐が酒を片手に睨みつけてきた。わらわは蒐に睨まれようと怖れる事はない。
「何をお主は睨んでいるんだい」
細波が起きているときには決して見せることのない瞳。力の弱い妖怪たちは蒐の雰囲気に怯えて体を小さくし宴を楽しむのを忘れていた。
昔から変わらない、自分の気に入らないことがあると力づくで手に入れようとする鬼男。
蒐の妖気を感じ取ったのか、細波が身動ぎをする。
「独り占めなんかはしていないさ。眠りを妨げるような愚かな真似だけはしないでおくれよ。大切に想っているのはお前だけじゃぁない」
「俺は帰る」
蒐が姿を消した瞬間に力の無い妖怪達が安堵の息を零した。
「いつも済まないの」
わらわが謝ると小さき妖怪達は首を横に振った。
蒐の名前を付けた少女は本性を見出していた。少女がいなくなってから姿を消していたが、細波が村生まれると戻ってきた。
細波に対して蒐は本気になる。それが答えだ。わらわを含め昔馴染みのモノはきっと気が付いている。何気ない仕草から、細波が少女の生まれ変わりであることを。
蒐自身が細波の意思を曲げようとしていないため、放っておいている。
「桜花ぁ、細波はぁ?」
侻が顔を少し赤くして私の足元にやってきた。寝る姿を見て嬉しそうに侻は笑った。
「いいゆめみれてるかなぁ」
願うのは、細波の幸せと少しでも長く側にいる時間を持ち続けられること。
所詮人間の寿命はわらわ達とは比べられない。
「なぁ、桜花」
侻は尻尾を左右に揺さぶりながら窺うようにわらわの隣に腰を下ろす。猫又は魚を丸のみにしそれに対抗して鳥の妖もまた魚を一飲みにして対決が始まっていた。己の力の方が強いと示すように。
「侻は何があっても細波の味方かぇ」
蒐自身も細波に対して悪意を持っている訳ではない。ただ彼の本質は細波にとってよきものだと限らないだけ。
「おいらは細波が大好きだ」
「そうか」
細波も同じくらいにわらわ達のことを大切に想ってくれている。半面、巫女としての運命に抗えない。収穫が減り始めれば村の大人達が黙っていない。天候を司る能力をわらわは持っていない。力になれるのであれば、細波の決断の背中を押してあげることだけ。
「侻よ、好きでいると辛いな」
好きで、好きでどうしようもなくてわらわは罪を犯して鬼となった。そんなわらわを受け止めてくれた少女のためにこれからの時間を尽くしている。村に寄り添い、少女の望んだ未来に限りなく近いものであればいい。
「桜花はいっつもむつかしいことをいうな。すきならすきでいいじゃんか」
「そうじゃな」
笑顔を守りたい。例え誰かに取ってはそれが悪だとしても。