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ありたい姿が分からなくても楽しいキャリアはつくれる

はじめに

「キャリア」と聞いて、あなたはどんなことを思い浮かべるだろうか。キャリアプラン、キャリアアップ、ワークライフバランス。こうしたキャリアにまつわる話ではたいてい、「将来ありたい姿(ビジョン)を描いて、その実現のために必要なスキルを身につけましょう」と言われる。でも、自分が将来どうありたいか、明確に答えられる人がどれだけいるだろうか。

「ありたい姿」が分からない

2年前、33歳の私はこの「ありたい姿問題」に直面していた。
2回転職をし、その都度真剣に考え抜いてきたのに、いつまでたっても仕事がつまらなかった。

私の仕事はシステム開発のプロジェクトマネジメントだった。具体的には
・進捗管理(遅れていたら色んな人と調整して納期に間に合わせる)
・課題管理(止まっていたら担当者にせっついたり相談相手になる)
・予算管理(オーバーしかけたらあちこち掛け合って予算内に収める)
などだ。
これが絶望的に向いていなかった。協調性のない私にとって人と人の間に入ることは苦痛だったし(会社員向いてない)、白黒ハッキリつけたい性格のせいか、成果を定量化できないことも歯がゆかった。そして苦手な仕事をし続けたからなのか、自分にはなんの能力もスキルもない、仕事を通じて身につく気もしない、そんな無力感にさいなまれるようになった。それは、確実に心を削り続けていた。

「そうは言っても待遇は悪くないし、みんないい人だし、プライベートが充実してればいいかな?」と思ったこともあった。でも、無力感に目をつぶったまま年を取っていくことを想像すると、ゾッとした。

そうして今後について真剣に向き合おうとしたとき、冒頭の「ありたい姿問題」にぶち当たったのだ。
机の前でノートを開いて真剣に考えてみても、何も思い浮かばない。何時間も考えて書けたのは

・心身ともに健康でいること
・年に2回は旅行に行くこと

この2つだけだった。さすがにこれでは何の指針にもならない。
それから数日間考え続けたのだが、結局それ以上何も書けなかった。
この「ありたい姿」というのは、まずゴールを設定して、それからそこに向かうプロセスを組み立てましょう、というアプローチだと思う。いたって真っ当、プロジェクトを始めるときもそうする。でも、キャリアのゴールを具体的に思い描くことができるのは、その「ゴール」に近いところまで行った人だけではないだろうか。少なくとも、私は完全敗北だった。

その後、ゴール設定を諦めた私は色々な本を読みあさってヒントを得て、得意なことや「小さなモチベーション」を起点にやりたい仕事を考えることにした。これまで上司や同僚からもらったフィードバックを振り返ったり、「頑張らなくても人よりちょっと上手くできること」を考えてみたりした。その結果、どうやら「状況や課題を整理すること」「言語化すること」が得意だと分かった。そういえば、文章を書くのは楽しいし、考えがうまく言語化できたときはとても嬉しい。

「そうか、それならライターはどうだろう?人の話を聞くのも好きだから、インタビューも面白そうだな」

33歳にして、ようやく目標ができたのだ。

↓(ヒントになった本のご紹介)

「面白そう」だけでもいいじゃない

「キャリア」というと、なんとなく「マジメに考えて『社会に貢献したい』とか言わないといけない」ような気がしないだろうか。最近はリスキリングという言葉が流行って、「何か新しいことを勉強しなくちゃ」と焦っている人もいるだろう。でも、キャリアってもっと気楽にカジュアルに、自分の気持ちに素直になって描いていいと思う。

どんな自分でありたいかイメージできない人は、私のように「得意なこと」とか、ストレスを避けることから考え始めてもいいと思う。本を読んだり、転職活動をしたり、「考えること」と「行動すること」をやめなければ、「これやってみようかな?」と思うことは必ず見つかる。立派な理由がなくてもいい。ささやかな目標が見つかると、自然とそれに向かって行動し始める。心理学的にも、目標に向かって前進することは快楽をもたらすそうだ。確かに、私、今けっこう楽しい。

ただし期限は決めている。
2年以内に「ライターの収入毎月10万円」を達成したい。そのために、会社の公募制度を使って広報に異動した。広報には、プレスリリースや社内報など、「書く仕事」が山ほどある。まずは安全な場所で経験を積む作戦だ。

でも、やってみたら「なんか違う」と思うかもしれない。それだけでは食べていけないのかもしれない。2年間トライしてみてそうなったら、違う道を探せばいい。それくらいドーンと構えている。
未来なんて予測不可能。それを心配して今の自分の気持ちを大事にしないのは、あまりにももったいないじゃないか。私はこうやって、「次の一歩」を積み重ねていきたい。

考え抜く。行動する。ちょっと心が踊ることがあったら、まずやってみる。
それが、わたしのキャリアの作り方だ

おまけ:この記事を書いた理由

最後に、この記事を書いた理由についてお伝えしたい。

「ライターをやってみたい」という目標ができた頃、一冊の本に出会った。

著者の古賀史健さんは、ベストセラー「嫌われる勇気」の共著者であり、日本のトップライターだ。
本書のなかで古賀さんは、「読者の『椅子』に座る」ことが重要だと説いている。
「もしこれを10年前に知っていたら」と思うなら、10年前の自分の椅子に座って書くのだ、と。
そして、こうも言っている。

人はどんな時代も同じことを考え同じことに悩む。誰にも理解されないと思う根深い問題こそ、実は普遍性を持っている。今この瞬間にも、どこかに「10年前のあなた」がいる。

ドストエフスキーが今も支持されているのは、そういうことなのだと。

こみ上げてくる何かがあった。

キャリアについて10年以上悩み続けている私だからこそ、同じような人の力になれるかもしれない。背中を押すまではいかなくても、「しんどいよね」って背中をさすることはできるかもしれない。
もしそれができたなら、このどうしようもない「自己効力感の無さ」が、少しは和らぐんじゃないだろうか。「結局自分のためか」とも思うが、結果的に誰かの役に立つなら、それでいいじゃないか。

だから、私はこの記事を書いた。

最後まで読んでくださったあなた、本当にありがとうございます。
ほんの少しでも、あなたのお役に立てたなら、これ以上嬉しいことはありません。


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Sato
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