光り輝く珠のようなひと 好きなひとたち③
未央という人がいて、彼女はいつ会っても少し光っている。どちらかというと冬の方が光っているような気がするが、基本的には一年中光っている。体育館の端で汗だくで休んでいるときも、天下一品のラーメンを食べているときも、あまり食べたり寝たりしていなくてしんどそうなときも、夢庵で天婦羅を奢ってくれたときも、映画を撮っているときも(彼女は映画を作ったりする)、新宿御苑で芝生に座って話しているときも、駅のホームで電車を待っているときも、いつも少しだけ光っている。
最初は彼女の持つ誠実さやひたむきさがそう感じさせるのかと思っていたけれど、だんだん本当に発光しているのではと思うようになった。でも、人間である以上はそう光りはしないはずなので、なぜ光って見えるのかを考えてみることにした。
未央とは高校の部活が同じで、彼女は副部長、私はマネージャーだった。卒業してからもよく会っていて、映画や舞台やそれぞれの毎日のことを話してきた。未央の考えながら話しているときの声のスピードや、長くて太くて沢山あるまつげの動きが好きだ。大変な中でも誠実であろうとする考え方や、本当に途方も無いところまで頑張れてしまう頑固な強さが好きだ。笑ったときにさらに下がる目尻が好きだ。全部がすごく綺麗だと思う。そういう要素が彼女を光らせるんだろうか。なんか違う気がする。例えば、まつげが全部焦げても、特に理由なく飲酒運転をしていても、彼女の発光は止まらない気がする。
現在の状態によらないのだとすると、これまで未央と過ごした思い出の全部が彼女を光らせているのかもしれない。たくさんの大事だったり大事じゃなかったりする時間を過ごして、この人は光っていて然るべきと私が思い込んだのだ。そして、それはもうこの先未央とどんな時間を過ごそうが過ごさなかろうが変わらないのだ。そうであれば、人が光るメカニズムは私の中にあることになるが、分からない。今後も考えてみることにする。
それはそれとして、光り輝く友達がいるのは結構愉快だ。目立つから待ち合わせがしやすいし、見たことないからなんだかおもしろい。血が通っているタイプの宝物だ。世界の全部と比べても圧倒的に彼女が大切な気がしてしまう。
私は基本的に怠惰で自己中心的なので、人の役に立ちたいという気持ちになることがあまりない。でも、未央にはこの人のためになりたいと思ってしまう。未央は強くて賢いので、私が役立てることは特にないのだけれど、なんだかそう思う。
これもたぶん未央が光っているせいだ。
※未央には記事の作成と掲載の許可をもらった。