2022/4/30 4月読書レビュー
地獄のような3月が終わり、4月はだいぶプライベートの時間に余裕ができました。ということで、今月読んだ本のネタバレなしレビューです。
満願 著:米澤穂信
六つの短編からなるミステリ短編集。時代は昭和。一人の若い警察官の顛末を描いた『夜警』、ライターが事故死の多発する桂谷峠の謎に迫る『関守』など、異なる語り手によって物語が紡がれる。短編ごとにミステリのテイストが異なるのが魅力。例えば、日本警察の拳銃のルールを下敷きに本格推理が描かれる展開もあれば、怪談を読んでいるかのようなホラー要素を持つものもある。
米澤穂信の作品といえば『氷菓』しか読んだことがなかったので初めはかなりライトな文体を予想していたが、読んでみて良い意味で裏切られた。登場人物が大人であるだけに筆致は淡々としている。しかし描写は場面によって上手く使い分けられ、数行に渡ってじっくりと描かれることもあれば、短く刻んでリズムよく物語が展開する場面もあり緩急が効いている。
総じて、短編どれも完成度が高いのでミステリ好きにはかなりおすすめ(多分、そういう人はもうとっくに読んでいるのだとは思うが……)
かがみ月の弧城 著:辻村深月
主人公は中学一年生の安西こころ。自室の鏡から、まるでお伽噺に出てくるかのようなお城に迷い込み、願いを一つ叶えるという「願いの鍵」探しに巻き込まれることになる。本作を簡単に表現するなら「青春×ファンタジー×ミステリ」。あえて濃度の高い順に並べてみた。ミステリの要素は少なく(本格推理の小説ではない)、物語の焦点は様々な問題を抱える中学生の主人公たちの悩み・葛藤に限りなく絞られている。語りは基本主人公の一人称だが、後半に進むにつれて物語は青春群像劇のような様相を呈してくる。ゆったりと語られる、リアルで生々しい中学生たちの日常描写がこの小説の大きな魅力。
この作品は2018年の『このミステリーがすごい!』に選ばれているが、伏線から先の展開を読み解くのが比較的容易であり、ミステリというよりは青春群像劇として楽しむのが良いと思う(私は初めミステリ小説として読んでいたため読み方を誤った)。そう思っているうちにきっと、ミステリの隠し味は物語のところどころで驚きを与えてくれるだろう。
華竜の宮 著:上田沙夕里
舞台は、地球内部の活性化により陸地の大半が海に水没した25世紀の地球。陸上民と海上民の対立と、それに翻弄される人々の生き様が描かれる。いわゆる海洋SF。ベストSF2010第1位。海が人類の生活圏となった世界における様々な設定、そしてその下敷きの上で紡がれる物語はとてつもなく重厚で、分量も約600ページあり読み応え十分。この小説の魅力はといえば、とにかく「世界観の作り込みがすごい」に尽きる。極限の環境に対応すべく遺伝子改変された異形の人類、海上民の腹から産み出され人々の足となる『魚舟』、かつての戦争で使用された生物兵器に端を発する疫病……。もし世界が水没した時、世界は生物的・社会的側面においてどのように変容するのか、その想像の極致にあるような世界が見事に描かれている。
SF的な側面ばかり書いたが、物語はといえば外交官である主人公の人間ドラマが主軸になっている。話が進むにつれて政治ドラマのような色が濃厚になる。固い話が多く、人によっては読みづらさを感じるかもしれない。実際、自分もページを捲る手(実際はkindleタブレットのフリック操作だが……)が止まることもあった。それでも、冒頭で書いた特殊な世界観を味わうだけでも読む価値があると思わせてくれる一作。
春夏秋冬代行者 春の舞 著:暁佳奈
舞台は極東の島国『大和』。神々から春夏秋冬――季節の巡り変わりの力が与えられ、その役目を担う四季の代行者の物語。主人公は春の代行者である雛菊と、その従者のさくら。雛菊は冬の代行者である狼星に惹かれていたが、雛菊の誘拐事件を機に両者の間に埋まらない溝ができてしまう。春の代行者たちと冬の代行者たちの関係性が物語の大きな軸になっている。
最大の魅力は、雛菊を始めとする登場人物たちが織り成す切なくも美しい物語。個人的には雛菊とさくらの関係性が尊くて良かった。尊い。尊すぎて、尊いとしか言えない。多分、人によっては会話一つで目が潤んでしまう。また、卓越した情景描写も本作の魅力の一つである。登場人物の服装、顔のパーツ、植物や風景に至るまで、文章表現が多彩で作品の美しさを際立たさせている(ただ、凝り過ぎと思う人もいるかもしれない)。
少し驚いたのは、登場人物の関係性に焦点を置いた前半(上巻)に比べ、後半(下巻)は作品の雰囲気がガラッと変わる。警察モノのような組織間の抗争がメインになるため、ここは好みが分かれるだろうと思った。
他にも、気になるところがないとは言わない(西尾維新的な癖も各所に見られる)。でも、最後のシーンまで読んだらそんなことどうでもよくなってしまった。雛菊とさくらが尊い。それだけで十分じゃないか。尊ければ、もうなんでもいい(暴論)。