はじめての自費出版|01.きっかけ
はじめまして。
今を生きるラッパーたちに子どもの頃の話を聞いた本「LIFE HISTORY MIXTAPE」をつくった、まわる書房の菊池謙太郎です。
ここには、主にこの本が出来上がるまでに起こったことを残していこうと思っています。まず手始めに刊行に至るきっかけのようなものを書いてみます。
私は普段、映像ディレクターという仕事をしていて、これまで音楽番組をつくったり、お笑いのコンテンツをつくったり、ドキュメンタリーの撮影・編集をしたりしてきました。出版については全くの素人なのですが、本をつくることにしました。
本のことは好きで、人文系の本を中心にちょっとタイトルが気になるとすぐ買ってしまいます。買ってからしばらく読まずにだいぶ経ってから読み始めることも多いですし、いわゆる積読という状態に陥りがちです。自宅の本棚を眺めては「面白そうな本ばっかりじゃん!」なんて思ったりしています。自分が興味をそそられて手に取ったんだから当たり前なのですが、そんな感じです。
子どもの頃は漫画ばかり読んでいて、文字だけで書かれた物語を読むのは苦手だったし、読書感想文の類いも大嫌いでした。いつからか文章を読むのが好きになりましたが、きっかけは覚えていません。国語の授業も好きではありませんでした。文章題のテスト問題があると、作者の気持ちは作者にしか分からないはずなのに、正解・不正解が本当に合っているのか納得できなくて好きになれませんでした。そんな僕がその後、本を好きになったり本をつくろうと思うのだから人生何が起こるか分からないものです。
これまで携わってきた映像の仕事の中に、本書を刊行する大きなきっかけになった「ラップスタア」という番組があります。もともとは「ラップスタア誕生」というタイトルでしたが今年から「誕生」が外れました。次世代のスターを担うラッパーを発掘するという名目のもと応募者を募り、楽曲を審査して優勝者を決めるという番組です。これまで7シーズンが放送されてきました。
僕を含む番組ディレクター陣は、優勝者を決めるまでの過程で取材を通してラッパーたちと交流することになります。ラッパーは自分の人生を反映させてリリックを作り出さなければならないため、作品にはこれまで歩んできた過去が色濃く出ています。そんな彼ら彼女らを紐解くべく、地元を訪れて生まれ育った境遇から現在の活動の様子をVTRにまとめたり、ラッパー同士の交流を覗き見ながら、成長の様子を描いていく番組です。ディレクターとして関わりながら、ラッパーたちが様々な苦悩を抱えながら乗り越えて生きようとする姿にいつも心打たれてきました。
そしてある日、近所の本屋さんで目に止まった本がありました。社会学者・岸政彦さんの書いた『断片的なものの社会学』です。専門的なことはわかりませんが社会学という分野には興味がありました。そしてタイトルの「断片的」という言葉が妙に引っかかり手に取ったのでした。この本は、岸さんが研究のために行った聞き取り調査の中から論文にも報告書にも使えなかった語りや出来事を集めた1冊で、何とも言い表しづらい妙な面白さがありました。本来の目的に沿わなかったはずの素材が見事に作品として昇華されていることにとても驚きましたし『断片的なものの社会学』を羨ましく感じました。
本書イントロにも書いたのですが、番組には放送尺があり優先すべき要素があり取材内容が面白くても削られてしまうことや、伝えたい主旨からはズレているけど面白い素材もたくさんあります。特にラッパーたちの語る幼少期や少年時代にはそんな部分が多いと感じていました。もちろん番組をつくる上で「的確に伝えること」を蔑ろにはできませんし、そもそも的確に伝わるように編集する工程も大好きなのでちょっとややこしいのですが、わかりづらいけど何だか面白い気がする部分を楽しめるアウトプットが自分にも別にあればいいのにと思いました。
そんな『断片的なものの社会学』を読んでから数年後、SNSで岸さんの監修する『東京の生活史』というプロジェクトが目に止まりました。東京にまつわる150人の半生を集める生活史集。聞き取りは一般からも募集するとのことでした。その段階でこの企画にはたくさんの参加希望者が集まることは予想できたので、「もしこの高倍率を通過し『東京の生活史』に参加することができたら、まだ自分の頭の中にしかないテキストコンテンツの実現に向けて行動していい」ということにしました。
ラッキーなことに『東京の生活史』への参加は叶い、自分で自分に本づくりの許可を出しました。実際に『東京の生活史』で生活史の聞き取り・書き起こし・編集・本人確認・校正などを自分でやってみると、その面白さにどっぷりハマってしまい、やはり自分でもやりたいという気持ちになっていきました。
そんなこんなを経て、今の自分にできそうなことを選んで、混ぜたりこねたりした結果、自分なりのやり方でラッパーたちに生活史的なインタビューをして本をつくってみようと思い至ったのでした。しかし思い立ったはいいものの、僕は本をつくったことはないし、映像を含めても誰からの発注でもない何かをやり遂げたことなど一度もありません。一体どうやってこの本が完成したのか。自分でも忘れてしまいそうなので、できるだけ思い出しながらここに書いていこうと思います。