統合失調症の人のための社交術
統合失調症の人のための「社交術」について考えてみたいと思います。社交には大きく三つのポイントがあると考えられます。
1.自分を知る。
2.相手を知る。
3.社会を知る。
以上の三つです。一つずつ解説します。
まずは、自分についてよく知ることが大切です。人はそれぞれに能力や持っている知識や教養が異なり、そうした多様な差異によって様々な状況における「適性」が異なります。だから今までの自分の行動や言動、思考などについてよく熟考して内省し、自分について知ることで、自分の適性を知ることができ、そのことが「自分に合った人」と出会うことを助け、また「自分に合わない人」ととも上手く折り合いをつけて社交できる可能性を高めるものと考えられます。
次に、相手についてよく知ることが大切です。何事も人それぞれであり、世の中には本当に色々な人がいます。だから、その多数の人々の中から特に自分に合う少数の人達と適切に出会うことはなかなかに難しいことです。だから相手について効率的に上手く知っていく技法が必要になり、それがなければ、自分に合った人と出会うまでにかなり自分に合わない人達との嫌な関係に耐えることが必要になり、そのストレスが過大なものになれば、統合失調症の悪化が起こり得るリスクが高くもなるでしょう。そして相手についてよく知るためには、多様な人々をたくさん観察し、考察することが大切です。そのためにはたくさんの人達に出会い、たくさんの人達と実際に対話することが有効となるでしょう。そのようにして対人関係やコミュニケーションに関する多種多様な「試行錯誤」を繰り返すことで、自分の対人スキルが徐々に磨かれ、相手の人の話を上手に傾聴できるようになり、多様な情報収集の効率が向上することで、結果として相手についてよく知ることができるようになるものと考えられます。
最後に、社会についてよく知ることが大切です。社会には様々な「常識」が存在し、それらの常識に違反した行為や言動をしてしまうと、社会から排斥されやすくなります。社会から排斥されると孤立しやすくなり、社交が適切に行いづらくなりますので、なるべく社会の常識に適合した振舞をすることがひとまずは有効です。ただ、社会の常識と言うのは時代の流れとともに変化していくという性質もあり、また、その社会や文化の種類によっても常識の種類が異なります。つまり、自分の所属する社会の特性をしっかりと把握し、その社会における常識に合わせることが社会から排斥されないためには有効であると言えます。例えば、日本の常識と中国の常識は異なり、また、日本の戦国時代と日本の現代における常識もやはり異なります。だから、時と場合に応じて多種多様な常識に柔軟に適応する必要があります。そのためには、多種多様な社会をよく観察し、考察することで、社会についての知識を身に着けていくことが有効であると考えられます。注意点としては、天才のような人には非常識で自由、そして独創的な発想がしばしば見られるものですので、実は「非常識」にも社会にとって重要な機能があるという点でしょう。非常識な天才が新奇な発想で発明してくれたたくさんの技術や理論によって私たちの生活は便利になっており、その意味でも非常識さというものもある程度は大切です。何事もバランスは重要で、常識的過ぎると非常識な才能や独創性を失ってしまいますし、非常識的過ぎると常識や社会への所属を失ってしまいます。いずれにせよ、自分にとって最もよく社会と折り合いをつけるためにも、社会についてよく知ることはとても大切であると考えられます。
以上の帰結から、社交においては概ねで次の三つが重要であると言えます。
1.「適性とは何か?」についての研究と熟慮。
2.「試行錯誤とは何か?」についての研究と熟慮。
3.「常識とは何か?」についての研究と熟慮。
したがって、統合失調症の人のための社交においては概ねで次の三つが重要であると言えます。
1.「統合失調症者の適性とは何か?」についての研究と熟慮。
2.「統合失調症者の試行錯誤とは何か?」についての研究と熟慮。
3.「統合失調症者の常識とは何か?」についての研究と熟慮。
つまり、まずは「統合失調症とは何か?」ということについてよく知ることが統合失調症の人のための社交においても有効であると言えます。
統合失調症にはその人によって異なる多種多様な症状があり、それらについて一概に言うことはできませんが、そうだとしても「自分なりの統合失調症についての理解」を得ることは可能でしょう。それを獲得するためには「自分で自分の統合失調症についての研究と熟慮を行う」ことが必要になります。いわゆる「当事者研究」ですね。これが重要です。
今回の結論としては、統合失調症の人のための社交術としては、まず統合失調症についてよく研究することが重要であるものと考えられます。その上で、「適性」、「試行錯誤」、「常識」の三つの概念について知り尽くすことが有効です。
以下には、統合失調症を研究する際に役立つと思われる文献をいくつか列挙しておきますので、自由にご参考ください。
飯田真, 中井久夫 , 『天才の精神病理: 科学的創造の秘密』, 岩波書店, 2001
日本精神神経学会(監修), 『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』, 医学書院, 2014
井上令一(監修), 『カプラン臨床精神医学テキスト DSM-5診断基準の臨床への展開 第3版』, メディカルサイエンスインターナショナル, 2016
Stephen M. Stahl, 『ストール精神薬理学エセンシャルズ 神経科学的基礎と応用 第4版』, 仙波純一, 松浦雅人, 太田克也ら訳, メディカルサイエンスインターナショナル, 2015
デイヴィッド ホロビン, 『天才と分裂病の進化論』, 金沢泰子訳, 新潮社, 2002
ジュリアン ジェインズ, 『神々の沈黙―意識の誕生と文明の興亡』,柴田浩之訳, 紀伊国屋書店, 2005
宮下保司(監修), 『カンデル神経科学 第2版』, メディカルサイエンスインターナショナル, 2022
ダーウィン, 『種の起源(上・下)』, 渡辺政隆訳, 光文社, 2009
フロイト, 『精神分析入門(上・下)』, 高橋義孝, 下坂幸三ら訳, 新潮社, 1977
倉野憲司(校注), 『古事記』, 岩波書店, 1963
ジル・ドゥルーズ, フェリックス・ガタリ, 『アンチ・オイディプス(上・下)』, 宇野邦一訳, 河出書房新社, 2006
ジル・ドゥルーズ, フェリックス・ガタリ, 『千のプラトー(上・中・下)』, 宇野邦一, 小沢秋広, 田中敏彦, 豊崎光一, 宮林寛, 森中高明ら訳, 河出書房新社, 2010
以上に挙げた著作はどれも非常に優れたもので、なかなかに難解なものも多いので、時間をかけて少しずつ研究していければいいと思います。あまり気負わず、分からないところはまずはどんどん飛ばしてしまってもいいと思うので、じっくりとこれらの著作に向き合っていくことができると統合失調症の研究などにはとても有益だと思います。大切なのはどんなに分からなくても何度も虚心坦懐で再読を繰り返すことで、すると少しずつ分かってきます。
ここに挙げた著作の他にも統合失調症の研究に役立つ書籍は無数にあります(例えば、聖書やコーラン、仏典なども非常に大切)。考えようによっては、統合失調症は万物の根幹であるとも言えるので、何事にも愛情を持って臨みさえすれば、万物に宿る全ての精霊たちが統合失調症の人たちに力を貸してくれると思います。
統合失調症を持っていると俗世間による無神経な差別とか何らかのいじめとか嫌なこともあって時には引きこもりたくなることだってあるかもしれませんが、統合失調症についての研鑽を積むことで、あなたの「社交」がより洗練されたものになるように、心からお祈り申し上げます。