お題レポート第2回 函館(2020.12)
※この記事は2020年に作成しました
函館の思い出
テーマに沿って各自の思い出をつづるお題レポート、第2回は《函館》です。私の記憶を遡ると、初めて函館を訪れたのは中学の修学旅行でした。札幌市の学校の定番の行先です。
その時の集合・解散場所が新札幌のバスターミナル(タクシー乗り場側の広めのスペース)で、今でもたまに同様の学生集団を見かける事もあり、その度に懐かしく思っていました。
そして、新札幌からは電車で函館に向かいました。当時、JRも地下鉄も無い区住まいだった私は、電車が身近な移動手段ではありませんでした。
そのため、長距離の電車に乗ったのもこれが初めてだった気がしますし、その時の記憶が殆どありません。(興奮し過ぎていた?)
函館からは青森へ向かいましたが、青函フェリーで激船酔いしました。これ以降、私は船を敬遠するようになります…
復路は青森から電車で青函トンネルを通って函館、そして新札幌へ戻ってきたようでした。ここらへんはかなり曖昧なので、またの機会があれば当時の写真などを探して記憶の整理をしたいです。
そして高校卒業後、友人同士で旅行をするようになってからは、函館を頻繁に訪れるようになりました。道外旅行をするにはまだ少し金銭的ハードルが高かった頃、少しでも本州に近付きたい思いが、私を道南・函館へといざなっていたのでしょうか。
そのためか、ほぼ毎年函館を訪れていた時期がありました。ただそれは観光というより、行程を毎回変えて函館と札幌の交通アクセスの可能性の限界に挑んでいたように思えます。
今回はその可能性の限界を振り返り、特に印象深かった函館の旅を3件ご紹介しますので、お付き合いください。
①路線バスの可能性に挑戦(2009.06)
まず、夜行バスで函館入りします。夜行で移動する事がお得な移動手段だと信じ込んでいた頃です。
ただ、このパターンだと睡眠不足のまま早朝から行動し、昼頃には気絶するほど眠くなって観光どころじゃないという深刻な事実に気付き、夜行バスブームはいつしか私の中で廃れていきました。
因みに、移動時間5時間前後の夜行バスだと上記の通り厳しいですが、移動時間10時間以上の夜行列車だと睡眠を確保できるため、問題ありません。
函館駅前到着は5:10ですが、七飯町停留所到着15分前の4:30に車内アナウンスで起こされます。激烈に睡眠不足の1日が始まります。
ほどなくして函館駅前に定刻通り到着しましたが、行程を見てお分かりの通り、次の移動は11:38です。6時間弱あるので、時間を潰すため早朝観光を強制的にスタートさせます。
※途中1日2本しかないバスに乗るため函館で時間調整するのが最善策でした
また、予約制で有料ですが、夜行バスで目的地到着後に入浴や朝食のサービスを行っているホテルもあります。今だったら利用して仮眠します。(当時からあったかは不明)
早朝から活気のある朝市で朝食を済ませ、路面電車が動き出す時間になると電停へ向かいます。以下、当時の旅メモ(プチ事件)です。
今、思い返しても本当になんやねんです。
路面電車の車内で1日乗車券を購入し、早朝でも勝手に観光出来る場所(例:五稜郭・立待岬など)を訪れます。これを長年に渡って繰り返した結果、函館の有名観光地は一通り訪れる事が出来ました。
そして函館を走る路面電車の中でも、特に好きなのは箱館ハイカラ號です。明治時代の車輌を復元し、観光車輌として毎年4月~10月の期間限定で運行されています。いかにもレトロで赤くかわいい外観は、鉄道ファンでなくても気になるはずです。
乗車システムも当時を再現しており、運転士さんの他に車掌さんが乗務しています。乗り心地は明治時代なので激しくレトロなのですが(ご察しください)、揺れる車内で乗車券の販売や確認などをする車掌さんの、絶対にふらつかない脚力の安定感はすごいです。(車掌さんはお姉さんです)
近年は、そんなハイカラ號を撮ったり乗ったりするのが函館訪問の目的になりつつあります。(※2020年は通常運行休止)
なんやかんやで時間を潰し、再び函館駅に戻ってきました。
今回はお題が函館なので、以降の行程は概要だけの紹介となりますが、函館から路線バスに3時間乗って長万部へ行き、長万部から路線バスに1時間乗って寿都へ行き、寿都から路線バスに1時間乗って岩内に行きました。完全に、路線バスの可能性に挑戦しています。
岩内では、当時岩内に住んでいた友人宅に泊まり、翌日は車で小樽まで送ってもらいました。
しかし、この岩内-小樽を公共交通機関で移動できなかったという事実が私の中で心残りとなってしまい、2年後にリベンジ旅が行われます。(この謎感情について来ている人いますか?)
因みに、小樽からは流石に疲れたのか、そもそも路線バスで移動しなければならないというルールなど存在しない事に気付いたのか、高速バスで札幌に戻りました。
ただ、札幌駅からは最後の力を振り絞ったらしく、路線バスに40分乗って帰宅しています。当時の私は一体何と戦っていたのでしょうか。
②バスと電車で24時間移動に挑戦(2011.06)
2年後のリベンジ旅です。そして、まだ夜行バスで移動しています。いつになったら、気絶するほど眠くなって観光どころじゃないという深刻な事実に気付くのでしょうか。(翌年気付いてやめています)
以下、当時の旅メモです。
出ました。私の中で伝説の一晩中ケータイカチカチ米菓子ボリボリおばさん。行動はその名の通りです。夜行バスでそんな人が隣になってしまうと、もう諦めるしかありませんでした。
函館駅にて、路面電車が動き出すまで再び2時間ほど暇を持て余したので、今回はスタンプをやたら押す遊びに興じる事にしました。駅スタンプの他に、何かのキャンペーンや何かのスタンプラリーなど(何なのかよく分かっていない)、結構な数が置いてあったからです。
ところが駅スタンプは、あまり管理をされていなかったのか、想定外の利用者数で必然的にこうなってしまったのか、スタンプを握る木製の取手の部分がインクでベタベタでした。
触ると緑色のインクがべったり手に付着して、手のひら緑人間となりました。
なので私は、旅必需品のウェットティッシュをおもむろに取り出し、スタンプを拭き始めました。
人もまばらな早朝の駅で、スタンプの清掃…これは駅員の仕事では?いや、私がスタンプをきれいな状態で使いたいから、自分の為でもある…と、自問自答しながら拭いて押した駅スタンプは、忘れられない思い出になりました。
また、この函館訪問は東日本大震災からわずか3ヶ月後のことでした。函館は被害が少なく、観光が出来る状況でしたが、すぐそばの津軽海峡を越えた先の東北では、今も大変な事になっている…という、複雑な思いもありました。
この年も自粛ムードのような雰囲気があり、私も道外への大きな旅行はしませんでした。
以降の行程も概要だけですが、函館からJRに1時間弱乗って森へ行き、森からJRに1時間弱乗って長万部へ行き、長万部から路線バスに1時間乗って寿都へ行き、寿都から路線バスに1時間乗って岩内に行き…
ここから前回のリベンジ(?)をします。岩内から高速バスに2時間弱乗って、札幌に戻ってきたのです。
札幌駅バスターミナルに降り立った時、私は謎の達成感と感動に包まれました。心の中では拍手で迎えてもらい、胴上げもしました。(心の中の話です)
あれから10年近く、このような交通アクセスの可能性の限界に挑む旅行をしていませんが、体力が残っている内に、いつかまたしてみたいと密かに思っています。
③夜行列車に乗るために函館(2015.12)
今から5年前、これが一番最近の函館訪問です。
札幌‐青森を結んでいた夜行列車・急行はまなすが2016年3月で廃止される事となり、最後の思い出に、夜が明けて札幌に着く部分を何とか乗りたいと思い、予定や体力を考慮した結果、函館から新札幌まで乗りました。
今回の目的は函館01:23発の列車に乗る事だったので、高速バスで15時過ぎに函館入りしました。
早速、路面電車に乗ろうとすると、函館駅前の電停は2014年11月にリニューアルされたようで、とても近代的になっていて驚きました。
今回は湯の川温泉で日帰り入浴をしましたが、行きは潮風で体の芯まで冷え、帰りは吹雪いて湯冷めしました。今まで初夏に訪れる事が多かったので、12月は寒かったです。
そして予約していた函館駅前のホテルに入り、0:30頃まで仮眠と熟睡の狭間で待機します。はまなすの発車は01:23ですが、0:44には函館に到着するので、到着から発車までたっぷり見届ける満喫コースを開催します。
緊張して寝過ごす事もなく、0:30頃にホテルをチェックアウトして予定通りに函館駅へ向かいました。
本当はわざわざ宿をとらず、深夜まで居酒屋とか、町ぶら酒場放浪ワイルド旅に憧れがあるのですが、その境地に至れる気が未だにしません。
函館駅のベンチでは、同様のはまなす待ちと思われる人達がぽつぽつ座っていました。深夜の不思議な連帯感を感じつつ、改札を抜けてホームに向かいます。
はまなすは定刻通り0:44に到着しました。雪は降っていませんでしたが非常に寒く、かじかむ手でカメラを持って、あちこち眺めて撮影しながら、間もなく終焉を迎える夜行列車との貴重なひとときを噛み締めました。
はまなすの外観を一通り満喫し、発車時刻が近付いてきたのでようやく乗車しました。既に就寝中の乗客がいるので、そっと自分の席を探します。今夜の宿はB寝台です。
昭和の生き残りの夜行列車の夜行部分に乗るのは、これが最後かも知れないと思うと(実際これが最後でした)、物悲しさと感動とノスタルジーが全部出てきて、B寝台に腰掛けたまま、しばらく呆然と感傷に浸っていました。
すると車掌さんが通りかかり、私を見て「靴を脱いで、中に入って、カーテン閉めるんだよ。これがシーツ、毛布、枕だよ。」と、丁寧に説明してくださいました。きっと、夜行列車の勝手が分からない初心者に見えたのでしょう。
車掌さん、安心してください…私はプロです。
これからも函館へ
以上が、特に印象深かった函館の旅3件でした。ただ、函館を訪れた回数が多い分だけ、函館と札幌を結ぶ乗り物にはハプニングの思い出も多々あります。
特に高速バスでは、運転が非常に独特過ぎて(オブラートに包みます)函館から札幌まで5時間ずっと車酔いして死にかけたり、高速道路で私の乗っているバスが速度違反してパトカーに並走されてスピーカーで注意されたり、背後の席の人が強烈な匂いの物(くさや?)を食べ始めて車内が臭すぎて嘔吐しかけたり…思い出したらきりがないです。
しかし、新幹線の新函館北斗駅が開業後、高速バスは新函館北斗駅を経由してから函館へ向かうようになったので、利便性が向上しました。
そして私も、函館まで行かずに新函館北斗で降り、新幹線に乗り換えて本州へ向かう旅が増えました。そのため、函館に5年も訪れていないのです。
これまでに沢山訪れ、最近は素通りしがちになっている函館に、新しい目的をもって、近々また訪れたいと思っています。今度はどの乗り物で行こうか、思いを巡らせながら…
函館の思い出写真
↑ 5年に渡って夏に毎年訪れていました。1日乗車券の写真が毎年変わるのが楽しみでしたが、2013年からシンプルデザインに…