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「水掛不動尊」と「夫婦善哉」~昼下がりの法善寺横丁~
何年か前に、出張で、大阪に行ったときのことである。
仕事を済ませた後、真っすぐに帰るのは面白くないので、法善寺横丁まで足を延ばしてみた。
小説や歌謡曲で有名な法善寺の水掛不動尊だが、わたしは行ったことがなかったが、実際はこんなにコジンマリなんだとちょっと意外な感じがした。 平日のそれも中途半端な昼下がりだったので、参拝している人もあまりいなかった。しかし、苔に覆われた不動尊をじっと見ていると、なんだか、日頃の疲れも浄化されるような気がして、わたしも願掛けしたくなった。
それから「夫婦善哉」と書かれたお店に入った。やはり、店内には、客もおらず、ひとりで貸し切りの状態であった。
しばらくして、60歳は軽く超えているだろうと思われる上品なカップルがお店に入ってきた。二人の話す関西弁は大阪弁なのだろうか?とてもきれいな響きにうっとりさせられてしまった。出張先の社員さんの話し方も、「ルミネ新宿」で聞く大阪弁より、このカップルに近いような気がした。
善哉が運ばれてくると、女性の方が涙ぐみ始めた。どうしたのかと男性がたずねると、この夫婦善哉を一度食べてみたかったから、なんだか嬉しくてと女性は声を詰まらせた。まるで、ドラマのようなこのシーンを上品な関西弁でやられて、わたしは、思わず聞き耳を立ててしまったのだった。
はじめは、定年退職後に夫婦でお出かけしているカップルなのかなと勝手に思いこんでいたのだが、この時、絶対にそれは違うと確信した。
何十年も連れ添った夫婦で、その妻が、夫婦善哉が出てきたぐらいで泣くわけがないと。(あくまでわたし個人の感想です)
まあ、なにか、差し迫った事情があるとかなら、例えば、夫は末期癌で余命いくばくもないとか、事業が失敗して明日が破産宣告の日とか、会社で重役まで上り詰めたのに、背任罪で起訴されるかもしれないだとか、そんな非日常的な事件が背景にあれば別だろうが、普通は、あんなところで、妻は泣かないだろう。
じゃ、何なのかと思った時、一番考えられるのは、夫婦になれない二人なら、夫婦善哉見て、女性が思わず涙ぐむこともあるのかな、なんて。
でも、不倫ではない。だって、昼下がりの法善寺横丁ですよ。
ああ、でも、なんにせよ、なんてロマンチックなんでしょう!と思ったが、わたしは、何も気づかなかったように会計を済ませて店を出た。
盗み聞きというなかれ、飲食店という劇場空間での一期一会が期待できる、出張の後の寄り道は、退屈な日常の、ちょっとした休息なのだから、大目にみてほしい。
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