追悼・安永萬/安藤満――天獅子悦也『むこうぶち』477話を読む。
――この主人公が何を考えているのかわからない。喋らせてはいけないの?
――いえ、喋らせません。物も食べません。ただ勝ちます。
・
つい先月、『近代麻雀』11月号でのことです。『むこうぶち』477話にて、主要な語り手たる安永萬プロが亡くなりました。
連載開始から21年。初期『むこうぶち』の原案・安藤満プロが亡くなり、既に16年が経ちます。
この短からぬ歳月の間に、安永萬のモデルが安藤満プロだったことは忘れられようとしている……少なくとも、「忘れられようしている」のが私の認識でした。
ところが一人、決して忘れていない人がいました。
それは誰か? 他ならぬ『むこうぶち』作者、天獅子悦也その人です。
きっかけは偶然でした。477話で感慨にひたった私は即座に『むこうぶち』既刊54冊を読み返し、ある事実に気づいたのです。
・『むこうぶち』477話『安永萬』には安藤満原案時代のエッセンスが存在し、随所に散りばめられている。
本稿ではその事について、作品を元に示していきます。ご覧になった後で該当話を――おそらくは来年春か夏に収録されるであろう単行本にて――ご確認いただけましたら、これに勝る幸いはありません。
・
まず最初に、以下の事実に触れておきましょう。
『むこうぶち』には紙の単行本のみに収録されたパートが存在します。
それが2002年発売の第6巻、巻末の天獅子悦也・安藤満・綾辻行人による鼎談です。そしてこの鼎談では直截に、『むこうぶち』のモデルに関する記述があるのです。
綾辻 傀と安永の絡みっていうのがね。安永は傀に凄い惹かれてる、惚れてるんですよね。
安藤 自分もああなりたいという憧れなんですよね。僕自身、こうなれたら凄いなというのが傀なんですよ。それで安永は普段の僕なんですよ。
『むこうぶち』6巻、216p ※強調筆者。
この記述を踏まえた上で、477話『安永萬』での安永萬の様子を見てみましょう。
まず基本的に台詞が一切ありません。再入院直前、喋れる状態では全くない。
では食べ物は? やせ衰えた様子から、物がほとんど喉を通っていないと見て取れる。雀荘・東空紅の店主の台詞「もう固形物は飲み込めなくて流動食なんです」も、悲しいかなそれを裏付けています。
それでもなお麻雀を打ち続ける、まぎれもない安永萬の最期の日々。けれどもこの痛ましい状態は同時に、2002年に語られた傀の造形に近似してもいるのです。
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