安保徹講演会 in 大阪(2011年7月)
付記:本記事は安保徹教授(当時)の講演を取材した際の再録です。安保徹氏がこの手の広告塔ビジネスに関与していた事実が風化しつつあるため、再掲することにしました。
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「じゃあバトンタッチだね」
壇上の老人が話し終わり、講演者が変わった。出てきたのは30半ばの女性だった。
「Uと申します。私は透析を受けていましたが、手間もかかるし、週3回を2回1回と減らし、医者から「もう来んでええ」と言って頂き……」
つまり自分から医者に見捨てられる選択肢をとった訳だ。勝手に透析回数を減らそうとする患者など、危なかしくて診たいものではないはずだ。まかり間違えばバカバカしい訴訟さえ受けかねない。
慢性腎不全であれば、透析からの回復はない。といって腎臓移植をした様子もない。透析を中止すると、通常一週間前後で死に至る。持って三週間。急性腎不全の回復期にマルチ商品の、不幸な出会い。最大限好意的に見て、そんなところだろう。もっともこれは、申告がウソでなければ、の話だが。
「そんなときこの"商品"と出会いました」
脇の老人は何も言わない。ただ黙って薄笑いを浮かべながら、壇上を見ている。
「皆さんにも、これを縁と思って頂ければと思います」
彼女が薦めたのは、"酸素水"。講演前に配布され、「安保徹先生の講演会に参加された皆さまへ」と題されたパンフレットによると、発売元は「本製品を定期的に購入いただく事によって事業収入を得る」体験会の開催企業――つまり、マルチ商法企業だ。
老人の名前は安保徹。新潟大学医学部教授である。
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「では、安保徹先生です!」
拍手の後、壇上に老人が上がった。講演が始まる。
ボソボソとした東北訛りで、彼は話し始める。
「自分自身が病気になったり、家族の誰かが病気になると、楽しい状況が一変するわけですね。日本各地に大きな病院があるんですけど、行っても治してもらえない。リュウマチになってもがんになっても、上手く治った患者さんはほとんどいないという、そういう独特の問題がある。それは何で病気になるか知らないで生きてる。そこを理解されないまま対処療法ってことになってるわけですね」
何と言うことはない、幾度となく著書で繰り返され、これからも繰り返されるであろう主張だ。糖尿病も腎不全も、あるいは血友病も、対処療法でようやく寿命が延びたとの視点はそこにない。対処療法を止めろというのは、一部の病気のひとにとっては死を宣告するに等しいのだが。
「介護施設で呆けてるひとってのは、コレステロールとか血圧下げる薬を飲まされてる」
相も変わらず、きちんとした根拠は示されない。少しの体験談と、「自律神経と副交感神経とが原因と分かったんです」との断言が繰り返されるだけだ。「ミトコンドリアと解糖系が関連」してもいるらしいが、率直に言ってアバンギャルド過ぎて分からない。医学部レベルの教科書で一通り予習はしてきたのだが。いや、商売抜きで"分かる"人間などいるのだろうか?
「……炎症ってのは治す反応な訳ですね。ぜんそくでもアレルギーでも、抗ヒスタミン剤もステロイドも使ってはいけない。治らない世界に引きずり込まれる。治る仕組みを知らないと危険なわけですよ」
だが、これでいいのだろう。根拠を問う人間などここにはいないのだから。
この会場にいる人の中に、病気の人はどれだけいるのだろうか。見る限り大半は健康なひとたちだ。しかし、いずれは当事者になるときが来る。それが恐ろしい。
異を唱える声はない。この講演会は、ファンが集まるコンサートのようなものなのだから。生死に関わることであるにも関わらず。
医者にかかるという選択肢を無くしながら、一缶8400円のサプリメントを嬉々として購入する人たち。彼らはこの後を、どう生きていくのだろう? 後悔するときが来るとして、それは恐らく、目の前の老人が死んだ後の話だ。その怒りはいったい、どこに向ければいいのだろう。己だろうか。あるいは、老人を野放していた世間だろうか。
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なおも老人の断言は続く。
「膠原病も橋本病も、原因は紫外線です」
「リュウマチは立ち仕事、重力が原因です」
遺伝子研究を知らないのだろうか。さらに老人は言う。
「(がんを)治すのも完全に治せますね!」
「体を温めて深呼吸すれば、一月以内にがんの増殖は止まります」
「70歳以上のがんであれば、体を温めるだけで3日以内でストップですね!」
本当であれば、喜ばしい話に違いない。
やがて質問タイムが始まる。老人の威勢は止まるところを知らない。
「薬なしってのは耐えられないってことはない!」
この老人は、痛みや症状に苦しむ患者をみたことがあるのだろうか? 少なくとも、新潟大学では無いのだろう。彼の大学HPにはこうあるのだから。
疑惑は確信に変わった。この老人はエセだ。
そして、諸々を承知の上で、会場の人間に何も言おうとしていない。
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終わった後、私は偶然、会場にいたご夫婦と話す機会に恵まれた。詳しくは別の機会に譲るが、この言葉だけは今紹介しておきたい。
「あの"酸素水"を使用しているのですかと伺ったら、「酸素水? ううん、買ってないよ」との返事でした。でも、あれで勘違いするなという方が無理でしょう」
なるほど。確かに安保徹は商品を薦めてもいないし、免疫や自分の名前を使ったセミナーと"無関係"なのだろう。法律上言い逃れの出来る範囲で、勘違いさせるよう仕向けているだけで。
大学教授のお墨付き。そう"勝手に勘違い"した患者は、そうしてカネと健康を失っていく。安保徹にとって患者は、つまりは己の養分でしかないという訳だ。
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新潟大学やFM西東京は、この老人をいつまで放置しておくのだろう。出版社はいつまで祭り上げておくのだろう。そして"信者"は、いつになったら気付くのだろう。
安保徹は1947年生まれだ。来年で65歳。このまま定年を迎えれば、新潟大学は慣例通り、名誉教授の称号を与えることになるだろう。それは即ち安保徹の"勝利"、カネヅルにした患者たちからの勝ち逃げに他ならないのだが。
2022年追記:
安保徹氏が2016年に急死した後、陰謀論が湧いて出たのは周知の通り。当時の記録は以下の記事に残している。
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