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師匠

一体、私がなぜノートを用いて自身の半生について話そうと決めたのか。これには、密かな「師匠」がいる。弟子は私一人、しかも勝手に崇める一方通行タイプだ。


師匠と出会ったのは、ハンドメイド雑貨の販売アプリcreema(クリーマ)。私は購入したいピアスがあり、他にも何かないかと、だらだらスクロールしていた。その時のことである。

「えっ」

視界の端でめちゃめちゃビビットな色彩を捉えたので、その正体を確認する。
…絵だ。ひと昔前の少女漫画っぽいキラキラの瞳。フリフリのドレス。お世辞にもうまいとは言えなかった。蛍光ペンでぐちゃっと塗られたプリンセスは、はみ出したショッキングピンクの口紅で不器用な笑みをたたえている。いや、この際売り物である絵すらどうでもよくなる衝撃の事実が横たわっている。

「…50万」

絵よりも何よりも値段が問題だった。50万。詳しく見るともっと高い値段の物もある。この人は正気だろうか。ひと昔前の、ラッセンの偽物を売るタイプの詐欺師か。

私の先月稼いだバイト代約10か月分。うまい棒が5万本買える。贅沢な旅行もできるだろう。むろん、購入者は誰もいなかった。だけど、新作はコンスタントに作成されているようだ。


あれ、ずっと見ているとだんだんかっこよく見えてきたな。えっ、ていうかめちゃめちゃかっこよくない?

そうして、私は師匠に弟子入りすることに(勝手に)決めたのである。

師匠はおいくつぐらいなのだろう。5歳だったらすごくかわいいし、60歳だったらもっと最強だ。人生ある程度一周した先がこの画風なのだとしたら、これが世界の真理なのかもしれない。

もしもお会いできたら公式に弟子入りしたい。「へたくそ」とかいう失礼極まりないコメントは、師匠のお目汚しになる前に全部削除させて頂くし、師匠の絵は私が後継する。何年かかるだろう。でも、師匠の新作を傍で見ていたい。

そして様々な物を摸写などして上達しちゃうのは断固阻止したい。私が好きなのは、師匠が描く上半身7:下半身3くらいのパースが狂った人魚や、目が顔の八割を占める女子高生だ。そして、そこに50万円という値段が自信満々についている状態だ。めちゃめちゃうまくて50万円の値段がついたら、ただの普遍的なアーティストだ。

師匠のかっこよさは、私には無い行動力だった。人に馬鹿にされることを恐れ、縮こまり、だけど「私にも何かできるはずだ」「どこかに逆転劇があるんだ」とプライドだけは高い私を一発ドカンと打ちのめしてくれた。

へたくそでも、カッコ悪くてもいい。行動してみることの方が、人生においては何万倍も重要だったのだ。

残念な事に、私の師匠はネットワークの広大な海に呑まれてしまった。もう二度と会えないかもしれない。でも、それでいいのだ。師匠は私の心の中にいる。自信を喪失した時には、何度もあのガタガタな線画と、衝撃的な値付けを思い出そう。

師匠、お元気ですか。絵は、いかがですか。

画材は今も蛍光ペンですか。

プリンセスの口紅は今もはみ出してますか。

私は師匠の姿に背中を押されて、文章を書き始めました。

師匠、ずっと師匠で居てくださいね。


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