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歯医者で会計待ちしてたら、見知らぬご婦人がいきなり「綺麗ね。」と一言呟いた。
いや、呟きというよりはっきり意志を持って何かに向けていた。
最初は何かしらの病院の装飾に対して言っているかと思ったが、違うようだ。
何が綺麗なんだろう?そう思ってスマホから目を上げると、ご婦人と目が合った。
「あなたの髪色とても綺麗ねぇ」
一瞬思考が止まった。
どうやら私の髪色を見て綺麗と言ってくれていたようだ。
嬉しさと気まずさで、ありがとうございます、その一言を絞り出すので精一杯だった。
ご婦人も少し戸惑い気味に「突然ごめんなさいねぇ。マスクに重なってるところとか透き通るみたいで綺麗だったから声が出ちゃった。」
普段なら愛想笑いで会釈で終わらせるところをこの一言がなぜかとても嬉しくて、この見知らぬご婦人ともう少しだけ話したくなった。
何度かの沈黙を挟みながら私たちは受付のお姉さんに呼ばれるほんの数分間話し合った。
自分で染めたの?
いえ、美容室で。
とても好きな色にしてもらったのでそう言ってもらえて嬉しいです。
(ご婦人も茶髪に髪を染めていたので)
ご自分で染めたんですか?
私も美容室で。
色々、染めてる人いるでしょう?
あれを見て染めなくても良いのに。と思うのだけれどね…
ほんとうに他愛のない会話だったが、
映画やドラマのワンシーンのようで、それでいてどこか懐かしい感覚がした。
話の内容は忘れ始めたが、この時間があったことは覚えていられそうだ。
ご婦人の名前が呼ばれ、会計を済ませて帰り際またね、とは言わなかった。
ご婦人をしばらくは忘れないだろう。
2軒先の××さんがね、とか何丁目の○○さんになかなか出会えない世の中で近所の全く知らない他人と話すのは何だか新鮮だった。
知らない人に自分から話しかけに行っていた時の感覚を少しだけ思い出した。
映画やドラマならこれはきっとオープニングか、エンディングになると思った。
ショートならOPだなあ。
狭い街の同じ歯医者で出会ったのだ。
この髪色にしていれば私はまたこのご婦人に会えるだろうか。
そんな期待を抱いた自分に驚く。
なるほど知らない自分は知らない他人が教えてくれるらしい。
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