世界は物語で変わる
「なぜ社会は、僕たちの理想とこんなにもかけ離れているのか?」
「どうすれば、理想的な社会や企業に近付けていくことができるのか?」
この問いを、ずっと考えてきたように思います。
プライシング事業のときも、行動変容やシステムチェンジのデザインに取り組むときも。いまも続く国際紛争や、欧・米の選挙で多様性や協調からの揺り戻しが起きている様を見聞きするときも。
なかなか変われない社会や組織の課題と向き合って、色々と勉強するなかでひとつ新しい可能性に気が付きました。
そのキーワードは「物語」です。
1.世界は物語でできている
僕たち人間は、物語が大好きな生きものです。
Netflixに続々追加される新しい物語を消費し、Instagramでは毎日”ストーリー”をチェックする。子供には寓話で教訓を伝えるし、ランダムに浮かぶ星空にも星座と神話の物語を見出してしまうほど。
歴史上の大きな転換点も、社会の基盤となる物語の転換でした。王の支配から「自由・平等・博愛」の物語に移ったフランス革命。キリスト教の世界観から、実験と観察による世界の説明に変わった科学革命。 ”I have a dream.”の物語で人種差別のない世界に一歩進んだ公民権運動など。
現代もまた、物語の塗り替わりは続いています。#MeTooやBLM運動。権力のある事務所やタレントのキャンセリング。僕が子供の頃は偉人として教わったコロンブスも、植民地主義や差別の象徴に。
2.物語のメカニズム
このような僕らの社会は、2つの層の重なりとして考えることができます。一つは「物質世界」。自然の法則で動いている、人間、動物、植物などの物理的な世界。もう一つは「物語世界」。それは、物質世界に意味付けし、私たちの価値観を醸成し、行動にも影響している抽象的な枠組みの世界です。
ここで言う「物語」とは、人間が過去を解釈し、現在を理解し、未来を予測するために作り上げたストーリーや枠組み全般のこと。
『サピエンス全史』でもこれらは共同主観やフィクションと呼ばれ、それを共有できることがホモ・サピエンス(僕たち現生人類)の大きな特徴だと語られています。
たとえば、家族という概念。これも物語です。
家族を構成する個人そのものは実在するけれど、家族の形は国や文化や時代で全然違っている。家父長制も、複婚制も、同性婚も、婚外子が当たり前の家族観も。各文化での家族の概念は多様にあり、人によって解釈の違う物語に過ぎないことがわかります。
物語にはいくつかの類型があります。
例えば、
「事象を理解するための物語」として、宗教、哲学、科学
「過去を伝えるための物語」としての、歴史、神話、昔話、伝記
「人々を束ねるための物語」は、国家、政治制度、企業ミッション・ビジョン、ブランドストーリーなど様々
「未来を予測するための物語」には、事業計画、占い、天気予報、統計学など
人類は物語を通して世界の成り立ちや仕組みを理解し、言語化し、伝えようとしてきました。こうして見ると、物語とは人類が紡いできた発見と発展の歴史です。
(僕の好きな漫画『Dr.STONE』でも、原野に戻ってしまった世界で、主人公の脳内にある人類の叡智の積み重ね=科学というアドバンテージによって、文明の復興が大きくショートカットして進んでいきます。)
物語のライフサイクルとスパイラル
物語には、栄枯盛衰のライフサイクルがあります。誰かの仮説として始まった新しい信念や主義が、多くの人々の賛同を得てその社会の支配的な物語となっていく。時が経つにつれてその物語にも限界が訪れ、抵抗や衝突を繰り返しつつ、やがて新しい物語に置き換えられていく。
このライフサイクルの繰り返しは、スパイラル構造として捉えることもできます。
新しい物語の提唱:ストーリーテラーによって新たな物語が言語化される
物語の自己成就:多くの人が信じ、それに沿った行動をするほど人や資金が集まりやすくなり、一時的にはその物語が実現していく(≒バブル)
矛盾の露呈と物語のゆらぎ:自然の摂理や社会構造の変化など、その物語では説明がつかなかったり、約束が叶わないことが表出していく
スケープゴートと小さな試行錯誤:物語に人々が失望し、悪者探しが始まっていく。同時に、新しい仮説や代替案の模索が始まる
→また1へ
物語の転換点の前には、旧い物語・仕組みの限界が露呈し、人々の不満が溜まっていく時期があります。この時期には様々な試行錯誤・ニッチな取り組みが行われて、新しい可能性が探られていくとともに、旧体制側も言論統制やメディアの支配、バラマキ政策などのアメとムチで抵抗する。やがて緊張関係が臨界点を迎える頃に、言語化に長けたストーリーテラーが現れて、みんなが信じやすい新たな物語を提唱していく。良いパターン(例:キング牧師)でも悪いパターン(例:ヒトラー)でも、こうしたスパイラルを繰り返しているように思えます。
大きな社会レベルの例を挙げましたが、ビジネスにおけるトレンド(住宅バブル、インターネットバブル、暗号通貨、AIブーム etc.)でも、企業組織内の変革(イノベーターのジレンマ、パーパスの再設定、終身雇用制、新旧事業のコンフリクト etc.)でも、基本的には同じ構造です。
流行する物語の特徴と危険性
仮説やニッチに留まる物語がある一方で、大きく流行し社会に実装・普及されていく物語があります。そうした物語、ビジョン、思想、主義には次のような特徴があるように思えます。
森羅万象や起きている課題の説明力:人々の疑問や不満にうまく答えられること、因果関係を説明できること
受け手にとっての都合の良さ:それが現実となったときに人々にとって都合が良く、希望が持てること
わかりやすさと動きやすさ:難しい理屈や専門知識なしに直感的に理解できて、何が善い/悪い行いかすぐわかること
一方で、客観性や正しさが検証されないまま社会実装され、後に大きな問題となる危険性も。人間はどうしても物語で理解し、真実らしさを判断するクセのある生き物。政策やビジネスに応用する際には十分な慎重さが必要です。
3.物語のビジネスへの活かし方
企業は「物質」と「物語」の両方をつくっている
物理的な製品をつくっている企業も、実は様々な物語によって成り立っています。企業における物語は、抽象から具体までの層のような存在。例えばパーパス、ビジョン、ブランド、経営戦略、事業計画、組織制度、目標や行動規範など。
経営戦略や事業計画も、数値の羅列ではなく、各社固有のシナリオと仮定に基づく将来への物語と考えてください。予測する期間が短期であるほど蓋然性は高く、長期であるほど不確かなものとなっていく。
大事なことは、こうした物語の積み重ねが企業内の従業員の行動や満足度にも、世の中にも、小さくない影響をもたらしているということです。
かつてAppleは「1984」や「Think different」と呼ばれる伝説的なCMで、時代を塗り替えるような新しい物語を語りました。
また、西武百貨店は1982年に「おいしい生活」というキャッチコピーを広告で使用。日本の消費文化が花開きつつあった時代を象徴する新しい物語でした。
新しい物語を描くことで、ヒト、カネ、アイディアが集まっていく時代
人は物語で理解し、好き嫌いを直感的に判断します。そして現在はまさに社会の課題が顕在化し、新しい物語が求められているタイミング。
新しい時代の物語を描くことは、人材を惹きつけ、顧客を惹きつけることに繋がります。長期目線のビジョンや移行プランは投資家との対話にも活かされ、資金も集まりやすくなる。
どんな物語を描いているかを示すことで、協業先も提案しやすくなり、物語を現実化するためのアイディアや知見も結集されていく。サステナビリティに関する重点課題の開示や、セオリー・オブ・チェンジと呼ばれる課題解決への中長期シナリオを表明する動きも、その現れのように思えます。
いま、個人・企業・行政それぞれが複雑な課題を抱えるなかで、最も変化の動機があり、一歩踏み出していけるのは企業やそこで働くビジネスパーソンだと思っています。
意欲あるリーダーや企業が新しい物語を描き始め、それらが束となり増幅されていくことで社会全体の物語も少しずつ変わっていく。
そのためにも重要なのが、抽象的な物語(ビジョンやパーパス)から具体的な物語(新規事業、組織制度、目標や文化)までの整合性を持たせ、実際の行動変容に繋いでいくことです。
過去を解釈し、未来を洞察し、現在に落とし込む
流行する物語の特徴にも照らすと、企業が新しい物語を描くプロセスが見えてきます。それは過去・現在・未来をつなぐ営みです。
過去から現在を解釈する:どんな企業・業界にも固有の物語があります。それを振り返り、再解釈する。先人たちが最善を尽くしてきたことの功罪両面が見えてくる。現在の課題構造も見えてきます。
未来を洞察する:課題が解決されている未来の姿を想像し、言葉やビジュアルで物語を表現します。社会がどんな未来に向かっていくのか、どんな物語を実現したいのかを選択し、その上に企業の物語がある構造が共感されやすいはず。
未来から現在に落とし込む:描いた未来はどうすれば実現するのか、現在に向けてバックキャスティングし、ロードマップや足元の施策・制度に具体化していきます。
過去と現在と未来の組み合わせ。これはまさに企業がつむぐ物語の本領です。
そして、未来に向けた物語の登場人物は自社だけではないはず。顧客はどう変わっている?ステークホルダーは?可能であれば、そうした社外の関係者もプロセスに参加してもらい、開かれたデザインプロジェクトとして進めていくのがお勧めです。
こうした構想のプロセスに使えるフレームワークに「トランジションデザイン」があります。過去と現在→未来→移行の順で考えていく方法論で、以下の投稿でも紹介しているのでご参照ください。
4.強い物語に押し負けないために
いま世界では「強い物語」への揺り戻しが起きているように見えます。協調、多様性と包摂、民主主義を信じる物語から、自国優先、経済競争、権威主義を受け入れる物語へ。見方を変えれば、リベラルな物語にも不完全性があり、必ずしもすべての人々を包摂できていなかったのでしょう。そして、主要国のトップには物語の天才や支配者が座っています。
日本は長い間、新しい物語を見つけられずにいます。「高度経済成長」や「ジャパンアズナンバーワン」の成功物語を引き合いに出しつつ、失われた30年間を嘆いて過ごす。オリンピックや万博といった過去の物語の再現に賭けるも、なかなか国民的な賛同を得られない。いまだ出口が見えていないことで、短絡的な政策や表面的なメッセージにも流されやすい状態に。
僕らは物語に加担することも、それを変化させることもできる
社会は変えられないシステムではなく、僕たちが何を語り、何を信じ、どう動くかでできている。社会が物語の積み重ねであるならば、僕たちはそれを語り直すことで変えていくことができる。逆に言えば、僕らは沈黙したり、周りに合わせた行動を取ることで、現在の物語を強固にすることに加担している。
僕が急に物語の話をしているのもここに理由があります。どんな時からでも、僕たちには新しい物語を紡ぐチャンスがある。
日本の多様性やサステナビリティの取り組みは周回遅れですが、むしろそれをアドバンテージにして、欧米の反省を活かしたもっと良い物語を描けるかもしれません。
僕らが今日からできること
最後に、個人としての僕らが今日からできることをお伝えします。
まずは誰かの物語に流されないように、身体と物質の世界で感覚を取り戻すこと。
スクリーンから届く情報のほとんどは誰かが作った物語です。物語の強さや安易な魅力に抗えるのは、「物質世界」のリアルな感覚。散歩でも、キャンプでも、銭湯でも良い。自分の身体はどう感じているだろうか?不調や違和感は表れていないだろうか?と自分の感覚に問いかける時間を作りましょう。
さらに、過去を再解釈し、現在を相対化し、もっと良い未来を語ること。
これまでの人生やキャリアはどんな物語だったと言えるだろうか?現在当たり前だと思っている文化や習慣は本当に普遍的だろうか?自分の身体感覚にも照らして、今よりも良いと思えるのはどんな物語だろうか? こうした問いや思考を自分で進めても良いし、友人や家族と話してみることからも新しい可能性が広がっていきます。
そして、自分の好きな物語を生きること。
僕たちは少なからず他者から影響を受けているので、完全にオリジナルの物語・価値観・生き方じゃなくても大丈夫。少しずつでもあなたが自分の物語に従って動き出すことで、社会の中心的な物語はゆらぎ、新しい可能性を探る人も増えていきます。
これからのこと
ここまでお伝えした考えも、ひとつの物語です。理論というにはまだ甘く、仮説としてもまだ初期的なもの。それでもこの物語に可能性を感じてくれたなら、ぜひ動いてみてください。新しい物語は、語り合い、実行する人が増えることで自己成就していきます。
僕自身も新しい物語を語り続け、物語を紡ごうとする人を応援していきます。
未来は僕等の手の中。
Tomorrow is in your hands.