【Day192】トルコ🇹🇷Workaway67日目
中秋の名月ですね。
日本と同じくトルコも満月の今夜。
どうやら中秋の名月と満月が被るのは3年連続だそうで、次は7年後だそうな。
7年後って、僕は46歳。
すでにそうだけど、改めて数字で見ると本当立派なおじさんだなと痛感せざるを得ない。
さておき。
いよいよここトルコでの生活も残すところ後1週間。
そもそも何故トルコにこんなに長い事滞在しているかというと、シェンゲン協定というヨーロッパのシェンゲン加盟国には半年間の間でトータル90日間しかいれませんよ!って決まりがありまして。
僕らはシェンゲン加盟国のスウェーデンとデンマークに2ヶ月半程滞在していたので、またヨーロッパに行くにはシェンゲンビザ復活を待たなければならず、ヨーロッパにも近いトルコに移動してきたのが第一の理由。
さらにはデンマーク→トルコの飛行機代が安い上にトルコ自体の物価も安いので、長く滞在する事が今後の我々の生活を逼迫せずにすむというのが第二の理由。
デンマークで1個2000円近くしたケバブはトルコで350円で食べられるんだもん。
とは言え、世界三代料理に含まれるトルコ料理も興味があったし、ヨーロッパとアジアが隣接する文化にもとても興味があったので選んだのも本音。
僕らはイスタンブールの隣のウチナーンチュにいそうな名前の県、コジャエリ(古謝えり)に住んでいます。
コジャエリ県にあるイズミットという少し大きな街を歩いているとアジアっぽさやヨーロッパっぽさが、絶妙に混じらずに点在しているのが印象的。
日本ならば和洋折衷みたいな解釈があるけれど、イズミットは何というか折衷しておらず、とりとめのない雰囲気が絶妙に心躍らされてまたそこが程良い。
新日国家でもあるので、道行く人は老若男女問わずとても親切。
バス待ってるだけなのに、バス停の向かいのカフェから紅茶やお菓子くれたり、言葉は通じないけれど「もしかして罠か?」と疑う程親切。
なんでだろう?と思っていると、恥ずかしながら全く知らなかったのだけれども、1890年にトルコの船が和歌山県で座礁し、日本人が懸命に救助活動を行い生存者を無事にトルコに送り出してあげたことが大きなきっかけだそうな。
どうやらトルコの教科書にも載っている出来事らしく、トルコの殆どの人がこの出来事を知っていて語り継がれているらしい。
とてもすごい話だなと思う反面、日本が逆の立場だったとして果たして孫子の代まで感謝を続けられる国民性なのかと考えるとなかなかに難しい気がしてしまうのが何だか少し悲しくなってしまう。
とまぁ、2ヶ月ちょっとトルコに住んではみたものの、主な暮らしはファームでの田舎暮らしとなる為、観光もほぼ行ってません。
一回イスタンブール行ったけど高熱出たし。
トルコの観光地と言えばここでしょ!のカッパドキアも行きません。
あと1週間、変わらず同じようにファームでの仕事をして次なる土地への準備を進めます。