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短編小説 「雪解けの断層」
庄内平野に広がる一面の雪。その白は純潔でも祝福でもない。むしろ、それは静かな叫びだった。冷たく、無限の静寂を押し付ける。
その中にぽつんと立つ一本の柿の木。枝には枯れた実がいくつかぶら下がっていた。実はもはや食べられる状態ではない。ただそこに存在するだけの物体。それを見つめる老人がいた。名前は吉田。齢七十を超え、近くの村で生まれ育った。
吉田はその木の根元に何かを埋めていた。湿った土を掘り返す音が響く。冷えた空気が彼の吐息を鋭く白く染めている。掘り出したのは、古びた陶器の壺だった。
壺を持ち上げると、中には真っ黒な土の塊が詰まっている。それを見た吉田は目を細めた。この壺は戦時中、吉田がまだ少年だったころ、父と一緒に埋めたものだ。当時は爆撃の恐怖が庄内平野にも押し寄せてきていた。生き延びるため、家族の宝物を土に隠したのだ。だが、壺の中には宝石も、金貨もなかった。ただ、一枚の白黒写真が入っていた。
写真には、若い頃の母と、まだ幼い自分が写っている。背後には、今まさに掘り返したこの柿の木が見える。吉田は写真をしばらく眺め、口元を緩めた。記憶の中で母の声が響いた気がした。「戦争なんかが来ても、この木だけは負けないよ。」
突然、遠くの空が白く光った。雷だろうか?いや、違う。雪解け水が音を立てて流れ始めたのだ。大地の奥深くで、断層が動いたような感覚が吉田を包んだ。
彼は壺を再び埋め直すと、柿の木に向かって一礼した。目には見えないが、この平野の下には、無数の埋められた記憶が眠っている。その断層はいつか再び動き出すだろう。
吉田の背中が小さくなっていく中、柿の木がわずかに揺れた。風が吹いたのか、それとも大地が語りかけたのか。誰にもわからない。