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映画メモ:『ラ・ラ・ランド』のコピーバンドと80年代の音楽シーン

※大まかな論旨はそのままに、全面的に書き直しました。(2021/01/04)

【はじめに】

 2020年は1980年代の洋楽チャートに浸かっていた。ポスト・パンクの時代をなすムーブメントの一端としてニュー・ウェイブが登場したり、ディスコやハードロックに押され気味だったポップがシンセサイザーやドラムマシンの台頭と共に盛り上がったりするなど、1970年代後半からの面白い変化がたくさんあった。

 今回の記事では、2016年の大ヒット映画『ラ・ラ・ランド』に注目して、そんな1980年代の洋楽事情へのオマージュ(あるいはパロディ)を感じられるワンシーンについてつらつらと語っていきたい。

【『ラ・ラ・ランド』の「春」】

 まずは1980年代の音楽が立て続けに登場する「春」の章の前半を見てみよう。このシーンはパーティに参加したミアがセブ(「冬」にひどい出会い方をした男)と再会するシーンだ。ここでミアは、1980年代の音楽を演奏するコピーバンドで糊口をしのぐセブの姿を発見する。Movie Clipsで確認してみよう。

 まず、使用されている楽曲を紹介すると、次の三曲になっている。
①最初に演奏されていた曲
 A-ha "Take On Me"(1985年4月5日リリース)
②ミアがリクエストした曲
 A Flock of Seagulls "I Ran (So Far Away)"(1982年6月リリース)
③ミアとセブによる会話シーンのBGM
 Soft Cell "Tainted Love"(1981年7月17日リリース)
※リリース日はイギリスでのシングル盤の日付。

 この三曲はすべて洋楽史の用語で「シンセポップ」(Synth-pop)に分類される楽曲だ。「シンセポップ」という言葉は「シンセサイザー」と「ポップ」を組み合わせた言葉であり、洋楽史では特に1980年代前半のトレンドの一つを指して用いられる。また、シンセポップはより広く言えば「ニュー・ウェイブ」(New Wave)という1980年代の洋楽トレンドの一部とされるので、上記の三曲は「ニュー・ウェイブ」と分類されることもある。

【前提①ニュー・ウェイブとシンセポップ】

 シンセポップとニュー・ウェイブについて簡単に説明しておこう。より大きなジャンルにあたるニュー・ウェイブから話すと、これはその名称("新しい波")が仄めかしているように、元は「1980年代に登場した新しいサウンド」を指す便利な言葉に過ぎなかった。とはいっても、やはり一つの時代のサウンドとして「ニュー・ウェイブらしい」特徴はいくつかあるので輪郭はちゃんと掴むことができる。

 まず、ニュー・ウェイブはパンク・ロックの後のバンド音楽の辿った道の一つとして整理できる。パンク・ロックは(一つの整理の仕方として)きらびやかな衣装と共に華麗なショーを演出した1970年代前半のグラム・ロックの流行の後に、シンプルで尖った(そしてしばしばアウトローめいた)スタイルを切り開いたバンド音楽だと言えるが、サウンドとしてはSex Pistolsの活動期間を中心に2-3年で過ぎ去った短命なトレンドだ(パンク・ファッションはその後も割と長く続いている)。1970年代末から1980年代初めにかけては、パンクの後にどういう音楽を作っていくかということをめぐって大きくトレンドが二つに分かれた。一つは、グラム・ロックに萌芽のあった激しいロック・サウンドをさらに鍛え上げていく方向であり、もう一つは今までにないテイストのサウンドを実験していく方向だ。前者が「HR/HM(ハードロック&ヘヴィメタル)」という名前を手に入れたのに対して、後者は前代未聞の音楽として「ニュー・ウェイブ」と名づけられた。

 ニュー・ウェイブの方向性は(先駆者のデヴィッド・ボウイやニュー・ウェイブのスージー&ザ・バンシーズのように)既存の楽器やバンド構成でも十分に挑戦できるものだったが、その代表的なスタイルを決定づけたのはシンセサイザーの採用だった。シンセサイザーは1980年代に一気に普及した楽器であり、ドラムマシンと共に1980年代以降の音楽をガラリと変えたものだ。ニュー・ウェイブに属するミュージシャンたちはシンセサイザーを活用して新しいサウンドと感性を開拓した。
※余談① ちなみにこの頃はヤマハやローランドといった日本の企業による電子楽器産業が活発になった頃でもあり、彼らを中心にして今日MIDIと呼ばれている電子楽器の通信規格が作られたのも1980年代である。
※余談② 1980年代後半の音楽シーンを背景にした2019年の映画『カセットテープ・ダイアリーズ』でも、ペット・ショップ・ボーイズを褒めた主人公に向かって、親友マットが「いいか、シンセこそ未来なんだ」(Listen, synths are the future)と語るセリフが出てくる。

 ニュー・ウェイブに進んだアーティストたちがシンセサイザーを活用した結果、バンドを組んでいるが音を聴いてみるとポップ・ロックという様子のグループがニュー・ウェイブの主流を占めるようになった。その意味でニュー・ウェイブは「ボウイ風のサウンドからポップ寄りのサウンドまでを幅広くカバーしながらハードなロックサウンドと対比されるバンド音楽」とまとめることができるし、実際、彼らは大抵「ロック・バンド」ではなく「ニュー・ウェイブ・バンド」(new wave band)というラベルを貼られている。そして、彼らが追求し、1980年代の代表的なトレンドとなったサウンドが今日「シンセポップ」と呼ばれているのである。

【前提②『ラ・ラ・ランド』に使われた三曲】

 さて、トレンドの説明は終わったので『ラ・ラ・ランド』に使われた楽曲を振り返って、シンセポップに親しんでみよう。この映画に使われた三曲はどれも当時のヒット曲なので、シンセポップの入門としても丁度いいだろう。

A-ha "Take On Me"

Take me on (Take on me).
触れてくれよ(触れてくれよ)
I'll be gone in a day or two.
明日にはもう会えないんだから

 このTake On Meはノルウェー発のバンド、アーハA-ha)が1985年に英米でリリースして大ヒットさせた曲で、2020年にはYouTubeで10億再生を記録した。同時代の有名曲で言えばマイケル・ジャクソンのBeat Itが6億回再生、ワム!のLast Christmasが5億回再生なので、1980年代の楽曲としてこの数字は尋常ではない。『ラ・ラ・ランド』効果もあったのかもしれないが、具体的な再生数の推移を外部から確認することはできない。ちなみに、Take On Meと同じ頃にエミネムのRap Godが10億再生を達成している。

 タイトルのTake On Meは「触れてくれよ」という意味のノルウェー語のフレーズを逐語訳した表現で、英語としては意味をなしていないというのはA-haファンには良く知られた話である。また、この楽曲は実写と手書きのスケッチを合成した画期的なミュージック・ビデオも高く評価されており、今日では1980年代最高のMVの一つに数えられている。ちなみにアーハはその後も映画007シリーズの主題歌としてThe Living Daylightsを発表するなど、国際的な拠点としたイギリスで活躍を続け、1980年代イギリスの音楽シーンを代表するアーティストの一組となった。

 『ラ・ラ・ランド』の劇中でセブが参加しているコピーバンドは、やや戯画的というか、面白おかしく描かれているところがある。アーハのコピーに関する笑いどころは、マイクが一本しか準備されておらず、ボーカルが一人でリードボーカルとコーラスをしているという点だ。そのため、まるでリードとコーラスが重なる曲をヒトカラで入れてしまった場面のように、Take On Meののびのびとしたサビが慌ただしくなってしまっているのである。しかし、コピーバンドのボーカルは非常に気持ちよくなっている様子で、セブも(高いプライドを曲げて)愛想笑いを返している。

A Flock of Seagulls - I Ran (So Far Away)

And I ran. I ran so far away. I just ran.
そこで俺は逃げたんだ、ずっと遠くまでただ逃げた
I ran all night and day. I couldn't get away
夜も昼も逃げたのに、逃げ切れなかった

 コピーバンドのボーカルがリクエストを募るシーンで、ミアはア・フロック・オブ・シーガルズA Flock of Seagulls)のI Ranをリクエストする。A Flock of Seagullsはマイク・スコアの奇抜な髪型で良く知られたバンドだが、I Ranは国際的なヒットとなった彼らの代表曲だ。これは「逃げても逃げても逃げられない」というユニークなノリのラブソングだが、ミアのリクエストの意図については後の節で語ろう。個人的には同時期に発表されたSpace Age Love Songも好みなので是非聴いてほしい。

 また、I Ranが演奏されるシーンもやはり滑稽な演出がされている。それはサビを締めるI couldn't get awayの箇所であり、コピーバンドのボーカルは随分と凄みを効かせた発声をしている(ゲダヴェエ!!)。マイク・スコアのボーカルは全体として力まない抜け感のある発声であり、特にI Ranのサビは言葉を置いてくるように引いて歌い終えることを知ってると笑わずにはいられない。

 もっといえば、ニュー・ウェイブ・バンド自体、声を荒げたりしゃくりを入れたりしないボーカルが主流なので(最近のバンドでいえばサカナクションとかに近い)、このコピーバンドは80年代シンセポップが大好きだがそのスタイルをコピーする意図はあまりない、ということが伝わってくる。この辺りはもしかすると、オールドファッションなジャズの継承に拘るセブとの対比で「過去の音楽へのリスペクトとは何か」というテーマが仄めかされているのかもしれない。

Soft Cell - Tainted Love

Now, I'll run from you.
前はあんたに走り寄ったが、今は走って逃げるのさ
This tainted love you've given
あんたがくれたのはこの汚れモノの愛
I give you all a boy could give you
俺は恋人の全てを捧げようとしてるのに

 この曲はコピーバンドの演奏ではなく、映画自体のBGMとして使用されている。このBGMの選択は、(後で取り上げる)「ジョージ・マイケル!」という台詞まで1980年代の印象を持続させるための工夫と捉えることもできるし、このシーン全体を1980年代へのオマージュとしようとする演出と捉えることもできるだろう。

 何はともあれ、このTainted Loveソフト・セルSoft Cell)の代表曲にして、ニュー・ウェイブの有名曲の一つだ。これはグローリア・ジョーンズが1965年に発表したソウル曲のカバーだ。このシングルのB面にはスプリームズが1964年に発表したWhere Did Our Love Goのカバーが置かれているので、このシングル盤は1960年代のソウルをニュー・ウェイブ風にアレンジした楽曲で両面を埋めた面白い一枚だと言える。こうして登場したTainted Loveは国際的なヒットとなり、Soft Cellの名前を洋楽史に残す一曲となった。ちなみに、Soft CellはTorchなど他の楽曲のミュージック・ビデオでもメイクをしているが、当時のインタビューによるとこれはニュー・ロマンティック(中性的なルックを好んだ1980年代のトレンド)とは関係ないらしい。

 というわけで、『ラ・ラ・ランド』に使われていた三曲が1980年代のシンセポップのヒット曲だということは十分わかってもらえたと思うので、ここからは『ラ・ラ・ランド』の演出のポイントを三つ取り上げて語っていきたい。

【『ラ・ラ・ランド』の演出①セブのキーター】

 セブはコピーバンドに参加するにあたり、据え置きのキーボートと肩からかけた鍵盤楽器を担当している。

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この肩からかけた鍵盤楽器は「キーター」(Keytar)と呼ばれる楽器で、キーボード(keyboard)をギター(guitar)のように肩から下げて弾くことが特徴だ。そして何を隠そう、このキーターは1980年に発明され、そのまま1980年代に広まっていった楽器なのだ。せっかくなので少し回り道をして、1980年代のアーティストたちがキーターを使用している映像を二つ見ていこう。

Jan Hammer "Miami Vice Theme" (1984) 1:35辺り

一曲目はヤン・ハマーJan Hammer)のMiami Vice Themeだ。これは1984年に始まった人気ドラマシリーズ『マイアミ・バイス』のテーマ曲だ。このドラマは2006年にリメイク映画が出たので名前を知ってる人がいるかもしれない。この曲はボーカルなしのインストゥルメンタル楽曲にも関わらずアメリカのビルボードで一位を取った曲であり、グラミー賞でも受賞している。

Pseudo Echo - Funkytown(1986) 0:49辺り

二曲目はスード・エコーPseudo Echo)のFunkytownだ。これはリップスインクが1980年に発表した有名なディスコ・ナンバーをオーストリアのロック・バンドであるスード・エコーがカバーしたもので、これもアメリカでのヒットとなった。他にもキーターの登場するミュージック・ビデオはいくつかあるのだが、話を『ラ・ラ・ランド』へ戻そう。

 演出の拘りを感じさせるのは、セブが使っているキーターの機種にある。

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 そう、セブの使っているキーターはヤマハが1987年に発表したSHS-10だ。SHS-10はMIDI規格に対応した有名なキーターで、発売当時に登録されていたデモ曲がワム!のLast Christmas (1984年)だという辺りも時代を感じさせる。演出をメタに読めば制作チームの誰かの提案によるものだろうが、劇中でこのアイテムが与えてくれるイメージから言えば、この赤いキーターはセブの持ち物ではなく、1980年代のキーターをコレクションしていたコピーバンドのメンバーから借りたものだという想像を楽しむこともできるだろう。また、セブが赤いジャケットに赤いSHS-10を持つことで、セブとミアの会話シーンの画面の色彩に赤・黄・緑の美しいリズムが現れていることも(狙ってるかはともかく)素敵な結果になっている。

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【『ラ・ラ・ランド』の演出②ミアのリクエスト】

 ミアからのI Ranのリクエストは各登場人物の心境を掘り下げる良いきっかけになっている。まず、ミアの視点から考えてみよう。

 冒頭にも軽く触れたが、プロローグとなる「冬」にミアはセブとひどい出会い方をしている。セブは(冒頭でクレームつけてきた運転手であるのみならず)バーでの演奏を褒めようとしたミアを無視して立ち去った男だ。このことがどうしてI Ranのリクエストに繋がるかというと、I Ranは「君みたいな女の子に出会うと思わなかった。僕は逃げようとしたが逃げられなかった」という風変わりなラブソングであり、ミアはセブを「逃げたのに逃げきれなかった男」とあてこすったのである。そのことは、ミアが自分を歌詞に出てくる女の子(girl)と重ねていることからわかる。

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I never thought I'd meet a girl like you
君みたいな女の子に会うなんて思いもしなかった
Meet a girl like you
君みたいな女の子に

声のある台詞じゃないので字幕や吹き替えではスルーしてしまいやすいところだが、画像のミアはこの二度目の「君みたいな」(like you)に合わせて「わたし?」(Me?)というジェスチャーをしている。このことでyouがミア、Iがセブという例えが成立するわけである。

 それでは、このリクエストはどう受け取られたのだろうか。コピーバンドのボーカルとセブが面白いコントラストをなしているので確認してみよう。

①リクエストを受けたボーカルのリアクション
"A fantastic suggestion!"
「最高の提案だね!」
②会話シーンでのセブのリアクション
"Requesting "I Ran" from a serious musician it's just... It's just too far"
「〔前に会ったときの俺は確かにクソ野郎だったけど〕ガチのミュージシャンにI Ranをリクエストするってのは流石に〔仕返しが〕過ぎるだろ」

 コピーバンドのボーカルがリクエストを喜んでいるのはI Ranが1980年代のシンセポップで彼らの趣味にドンピシャだからだ。このことはTake On Meを演奏していたことやヤマハのSHS-10を所有していることと符合する。一方、セブはI Ranをまるで評価していない様子だが、それは彼に音楽の趣味、特に伝統的なスタイルのジャズへの頑固な拘りがあるためだ。あるいは、先に指摘したが、コピーバンドのコピー意識(あるいは1980年代のシンセポップのスタイルを引き継ごうという意識)があまり見られないことも関係しているのかもしれない。いずれにせよ、ミアのリアクションは、ミアの心情、セブの性格、コピーバンドの特徴をまとめて掘り下げる効果があったと言えるだろう。

【『ラ・ラ・ランド』の演出③「ジョージ・マイケル!」】

 「夏」のシーンの1980年代趣味のオチはワム!Wham!)でも有名なジョージ・マイケルだ。

 パーティもお開きという頃、ミアは自分語りの長い脚本家との会話から抜け出すために、セブに頼ろうとする。しかし、先の会話のシーンからもわかるように、セブはミアの名前を聞いたが、自分からは名乗らなかった。そこで、セブの名前がわからず困ったミアは代わりにこう呼びかける。

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 これは割と筋が通った選択だ。もっとも、ジョージ・マイケルはシンセ・ポップやニュー・ウェイブに属する人物ではなく、むしろ正統派のポップやダンス・ポップで(2010年代のジャスティン・ビーバーのように)圧倒的な人気を誇っていた歌手だ。そういうわけで、ミアの呼びかけは(「シンセポップの男!」というよりは)「そこの80年代ポップの男!」とか「そこの80年代のイケメン!」というニュアンスのものだと言える。このニュアンスはセブが1980年代趣味のコピーバンドの演奏をしていたという事実を知らなければ通じないので、ミアとセブにしか通じない暗号になっている(脚本家の男にはセブの本名に聞こえたかもしれない)。ちなみに、セブがジョージ・マイケルに全然似ていないのは地味な笑いどころと言えるかもしれない。

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 もっとも、「ジョージ・マイケル」と言われて即座に「俺のことかよ」と立ち止まって「やあ」(Hallo?)と返事をするあたり、セブもなかなかの切れ者である。もちろん、この文脈でのHallo?のニュアンスには「はい、1980年代のジョージ・マイケルですが何か?」という苛立ちや諦めが混ざっている。面白いのは、この種の暗号(というかウィット)が通じることで、セブとミアの趣味や知性の水準が対等に釣り合っていることがわかるということである。その意味で、このシーンはこの後に恋を予感させるA Lovely Nightのデュエットが入るまでのウォーミングアップのような印象も受ける。

 というわけで、今回は1980年代を味わった音楽好きとして、『ラ・ラ・ランド』の「春」のパーティーシーンについてつらつらと語ってみた次第である。このシーンは、A Lovely Nightからのロマンチックなシーンに比べてさっと通り過ぎてしまう場面だが、丁寧に見てみるといろいろなポイントが押さえられているもので、「映画製作のみなさん、すごいなあ」という尊敬が湧いてくる。笑

 それではエンディング代わりにジョージ・マイケルCareless Whisper (1984)を聴いて締めとしよう。


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