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時に嘘は真よりも現実味を帯びる
「兄が結婚を考えている」
その事実を突きつけられたのは、行きつけの美容室でのことだった
僕ら兄弟は同じ美容室にお世話になっており、共通の美容師を通して情報が入ってくることは何回かあった
兄がこっそりハマっているゲームの話
会社での人間関係などなど
同時に僕が働いてるバイト先の話なんかも兄に流れているようで、「そういえばお兄ちゃんこんなこと言ってたよー」なんていう話もちょくちょくあった
家で会話する機会が少ない僕ら兄弟としてはありがたい情報共有の場だったりする
そんな場所で、いつもの美容師さんに、唐突に言われたのだ
「そういえばお兄さん結婚するんだってね」
……ん?なんだって?パードゥン?
唐突でありながら、とてつもない情報量を孕んだその言葉を僕は理解できなかった
「お腹に子供もいるみたいよ」
頭が真っ白になる
「君ももうすぐ……叔父さんだね」
僕の意識は遠く彼方へ飛んで行った
この間バイト先で責任者になったばかりなのに
こ、今度は叔父さんだと?
「もう4、5か月目みたいよ?」
半年もないだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?
「ぇ……?知らなかったの?この間お母さん髪染めに来たけど、アレ、向こうの親御さんに挨拶行くためだよ?」
母ちゃんもグルかよっ!?
「ご、ごめん。先に言わないほうがよかったよね……」
い、いえ!大丈夫っす!家帰って聞かされてもちゃんと初めて聞いたふりするんで!!
「ほんっとうにごめん、俺から言ったって内緒ね?」
いえいえ、お気になさらず!なんだよ、兄貴も水臭いなぁ!
「ありがとう……、ところで今日って何の日かわかる?」
今日?今日ですか?……4月1日ですよね?なにかあったかしら、なにか、なにか……
「思い出した?」
思い出しました
死ぬかと思った。というか二回くらい死んだ。気持ち的に
帰宅後、僕が兄以外の家族一人一人にこのドッキリを仕掛けまくったことは想像に難くないだろう
兄に限ってそんな事はない。そう分かっていても引っかかってしまう。不思議なものだ
”エイプリルフール”
人によっては煩わしいとさえ感じるであろう、年に一回のイベントは僕に大切なことを教えてくれた
”時に嘘は真(まこと)よりも現実味を帯びる”
思わず疑心暗鬼になりそうだが、春休み気分が抜けない脳みそにはいい刺激になった
嗚呼、嘘でよかった
そう言って笑える粋なジョークを僕も考えてみたいものである
そうほくそ笑みながら食べるレーズンサンドはいつもより少し酒っぽい気がした