名木を味わう京都のおすすめ桜名所
あとひと月もすれば桜の季節。京都好きが高じて9年も住み着き、四季折々を眺めてきましたが、やはり春の桜景色は格別です。おすすめの桜名所を問われても、桜特集だけでガイドブックがまるまる一冊作られているぐらいですから、両手両足ではとても足りないほど見どころは多くあります。その中から今回は〈桜の木〉そのものを味わう、おすすめ桜スポット3ヶ所をご紹介。いずれも京都初心者もアクセスしやすい場所です。
◆京都御苑の糸桜
京都御苑の今出川御門近く、かつて近衛家の邸宅跡に「糸桜」と呼ばれる枝垂れ桜の大木たちがあります。枝振りが繊細で、薄紅色がしなやかに風に揺れるさまは大変優美です。
京都御苑は環境省が管理する国民公園。敷地の中には京都御所や京都迎賓館などやんごとなき建物がありますが、それ以外の場所は24時間無料で立ち入ることができ、京都市民憩いの場となっています。
公園として整備される以前、この土地は天皇のお住まいである御所(現在の京都御所)を中心にして、公家町が形成されていました。ところが、明治の東京奠都で多くの公家が京都の住まいを捨てて東京へ移り住むことになります。五摂家の一つで公家の最高の家柄だった近衛家もまた然り。屋敷は取り壊され、影もありませんが、邸宅跡地に咲く糸桜はかつての雅を今に伝えるようです。
ちなみに、糸桜は「私の中の京都の桜の標準木」です。沖縄を除いて桜前線の開花の基準木とされるのはソメイヨシノ。それに比べて1週間ほど早咲きです。もちろん、糸桜よりもっと早く咲く桜もあるものの、糸桜が満開になる頃、京都の桜シーズンが本格的に始まる……そんな位置づけの桜です。
《アクセス》市営地下鉄 今出川駅 徒歩5分(乾御門まで)
◆円山公園の祇園枝垂桜
正式には「一重白彼岸枝垂桜(ひとえしろひがんしだれざくら)」といいます。祇園の桜といえばこの木。三代にわたって全国の桜の育成や保全を行い、「桜守」と知られる佐野藤右衛門が手掛ける桜の1つとしても非常に有名です。
円山公園は明治時代に作られた公園で、八坂神社や知恩院へ隣接しており、大正時代に「近代日本庭園の先駆者」と称される小川治兵衛により日本庭園が作庭され、現在の形となりました。
春は公園一帯に植えられた桜が咲き揃い、木々の下で昼夜を分かたず、賑やかに花見の宴が催されます。(ちなみに京都の大学生の新歓コンパの定番でもあります。)イカ焼きや唐揚げなどの露店もずらりと並び、老若男女多くの花見客が訪れる場所です。そんな公園の中で、最も注目を集める木が祇園枝垂桜。現在の木は2代目で、第16代佐野藤右衛門氏と同い年と聞きますので、樹齢は90年以上。歳月を経た迫力のある木です。暮れゆく群青色の空を背景に、この桜を篝火の明かりで見ると、与謝野晶子女史の「清水を祇園へよぎる桜月夜さくらづきよ 今宵会う人みな美しき」という歌が脳裏をよぎります。御時世柄、ここ2年はライトアップが中止になっていますが、祇園枝垂桜は夜桜が殊更に美しいです。年によっては鳥害で花付きが悪かったり、枝ぶりがイマイチな時もありましたが、それでも祇園枝垂桜に対峙すると胸に迫るものがあり、……ああ、京の春やなぁ。今年も見ることができて良かったなぁ……と私は感涙を禁じ得ません。
実は祇園枝垂桜の3代目になる木も、数年前、公園内に植樹されました。2代目に比べるとまだヒョロリとしていますが、今年も枝を伸ばしているでしょう。なお、祇園枝垂桜はソメイヨシノとほぼ同時期に満開となります。
《アクセス》京阪 祇園四条駅 徒歩10分 /阪急 河原町駅 徒歩13分 /市営地下鉄 三条京阪駅 徒歩15分
◆平安神宮の八重紅枝垂桜
ひときわ濃いピンク色の花を付ける八重紅枝垂桜。平安神宮の朱塗りの社殿、緑の甍に負けない存在感です。八重咲きということもあり、重なった花びらがいっそう華やかな桜になります。
平安神宮は明治時代、平安遷都1100年を記念して京都で開催された内国勧業博覧会のパビリオンとして建設され、神社となりました。御祭神は平安遷都を行われました桓武天皇と、京の都でお過ごしになられた最後の天皇であらせられる孝明天皇です。社殿はかつての朝堂院(今でいう霞ヶ関のビル)を縮小復元したもので、正門の応天門をくぐれば平安絵巻の世界。花の盛りの頃には、社殿の裏に咲く八重紅枝垂桜が甍の向こうに見えます。特に晴れた日は、青空と極彩色の社殿に濃い花びらが映えるのです。
花の鑑賞には社殿裏の広大な神苑へ足を運びましょう。こちらも小川治兵衛の作庭です。南神苑、西神苑、中神苑、東神苑の4つの庭から成っており、南神苑には八重紅枝垂桜が咲き乱れる一角があります。見上げれば空を覆うほどの桜のシャワー。また東神苑の広い池を囲うように八重紅枝垂桜は咲きます。こちらは風がない日は水面が水鏡になって花のリフレクションが楽しめるのです。究極の映えです。
平安神宮の八重紅枝垂桜は文豪にも愛されました。谷崎潤一郎の『細雪』、川端康成の『古都』の中にも、その美しい花への描写があります。せっかくなので川端康成の『古都』を引用します。
「みごとなのは、神苑をいろどる、紅しだれ桜の群れである。今はまことに、ここの花をおいて、京洛の春を代表するものはないと言ってよい。」
まさに京都の春を感じられる桜。八重紅枝垂桜はソメイヨシノより遅咲きです。
《アクセス》市営地下鉄 東山駅 徒歩10分 / 京阪 三条駅もしくは神宮丸太町駅 徒歩15分
「3/19私の好きな京都の桜の話」(stand FM)より改編