喫茶するための指南(戯曲)



人物 店員
   来店者


 待つことこそ最大の贈与であるはず。人が来店するまで、店員は時間を無限にあたえつづけるべきである。お客様は神様ではない。しかし、それと同等の存在の到来を信じ、店員は接客を続けている。

 舞台上に立っているのは店員ひとりであり、来店者は観客である、とは思い込まないこと。このふたつの立場は常に反転し続けている。店員が舞台の下にひきずりおろされる瞬間を、逃さないこと。




店員は、外の見える位置で来店者を待つ。

店員は、人が来たら、それが来店者かどうかを確認する。そうであった場合、席に案内する。注文をとる。コーヒーを淹れる。

来店者はすきにしていてよい。適宜、店員を呼び要望することができる。

コーヒーを淹れ終わったら、店員はサーブしなければならない。空のカップと、サーバーに入れられたコーヒー、自分用のグラスをもって客席へ向かう。

店員はまず、客の前にカップを置く。コーヒーを客用のカップにそそぎ、少量は自分用のグラスに分けとる。

店員は、来店者に共に飲むよう促す。両者は共にコーヒーを飲まねばならない。このとき、店員は来店者の反応を確認する。味に違和感があれば淹れ直す。



来店者は、心地よくコーヒーを飲む権利を持つ。これが脅かされるときには、その原因をできる限り排除しなければならない。他の来店者を退場させることも可能である。



店員は、いちばん景色の良い席に、とくべつのカップとグラスを用意しておく。コーヒーは入れず、グラスの水は定期的に入れ替える。これらは、とくべつの客のためのものである

とくべつの客が到来したと判断したら、用意された席へ座っていただく。コーヒーをとくべつのカップにそそぐ。

店員は、とくべつの客とコーヒーを分け合って飲む。このコーヒーは、ほかの来店者にも分け与えられる。
このとき、この喫茶の役目は終わる。店員は役から降りることができる。

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