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19 コロナ対策とUボート

世は未だコロナ禍の最中である。ネットやテレビでは個人のマナーやモラルが取り沙汰される。それらを観るうちに、小学校の学級会を思い出した。「この問題をどうしたら良いと思いますか?」の答えはいつも「本人の自覚が大切だと思います」であった。毎回議題は違うのに、何故かいつも答えは「本人の自覚が大切」なのであった。
 
Uボートと言えばドイツ海軍の潜水艦として有名だ。改良を加えながら第一次世界大戦から第二次世界大戦の間に1,000隻以上が建造された。その中の1隻にU-1206があった。それ以前の潜水艦には汚水タンクに排泄物を貯める方式のトイレがついていたが、U-1206には水圧で艦外に排出する新型のトイレがついていた。これによって、それまでは浅い深度でしか使用出来なかったトイレが深い深度でも使用出来るようになった。画期的である。操作がややこしい点を除いては。
 
航行中、ひとりの乗組員がバルブ操作の順番を間違えてしまった。ヒューマンエラーと言うやつである。トイレから大量の汚水が吹き出した。吹き出した汚水は下の階のバッテリーを冠水させ、艦内に悪臭が立ち込めた。海の底での出来事である。艦長は至急、浮上を命じた。何しろ臭いのだ。しかしU-1206は海面に顔を出した所でイギリス空軍に発見され、爆撃を受けた。仕方なく自沈した艦体は1970年代まで見つからなかった。
「この潜水艦の問題をどうしたら良いと思いますか?」「乗組員の自覚が大切」・・なのだろうか?
 
ここに安全工学に関するひとつの論文がある。著者は産業技術総合研究所 人工知能研究センターの中田亨氏。タイトルは『ヒューマンエラー抑止のための理論と実践』。
 
-----以下、引用。
 
安全工学界では「ヒューマンエラーは,事故の通過点に過ぎず,事故の原因として扱ってはならない」という見解が優位を占めつつある.いかに努力しても発生確率をゼロにはできない.ヒューマンエラーの責任を問うても確率が大して減るわけもなく無意味である.
ヒューマンエラーの発生確率を抑える責任の根本は,もっぱら工程の段取りや機械のデザインの方にある.
 
-----引用終り。
 
Uボートのトイレ事件の責任の根本は設計であり、乗組員の操作ミスを責めるべきではない。
システム開発に携わった事のある人間として思うに、そもそもシステムのエラーを運用でカバーする事は出来ない。これはシステム業界では常識であり基礎の基礎である。人は失敗する、という事を前提に、人が関わる部分を最小限に抑えるシステムを作る。銀行のATMのトラブルを「本人の自覚が大切」で済ませる事は出来ない。
 
コロナ禍にあって、ネットやテレビで個人のマナーやモラルが取り沙汰される度に、そこに行政によるシステム・仕組みが介在し得ないのだろうかと考える。路上駐車の原因は持ち主のモラルの欠如ではなく、駐車スペースも無い道路を作る行政の責任である。システムのエラーなのだ。
 
「本人の自覚」を問う前に、何らかの仕組みを作り得ないかを考えるのが、社会や組織を構成する主体者としての責任である。
 

*今週の参考リンク
『ヒューマンエラー抑止のための理論と実践』
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人工知能研究センター 中田 亨
https://www.jstage.jst.go.jp/article/safety/52/2/52_75/_pdf

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