22 平和な日々
大きくなったちょっとの毛並みはまさにライオンだった。後頭部にはたてがみが靡いている。
ちょっとは昼間は外の小屋で過ごしてくれたが宵闇が近づくと家に入れろと吠えた。暑い日、寒い日も吠えて訴えた。そうしてだんだん玄関の敷板の上で過ごす時間が長くなった。
屋内犬になってしまう日が遠く無いものと思われた。ちょっとは退屈な時は玄関の上がり框に顎を載せて家族を見つめた。引き戸を少し開けておくと、そこからジッと外を眺め、ひとしきり眺めると振り返って異常が無いことを目で訴えた。優秀な番犬だ。人が来れば吠える。大切なお客様まで撃退してくれる。耳の遠い義母にとっては最大ボリュームの呼び鈴だ。
海岸へ散歩に行くと夏ならば飼い主もろともそのまま海に入って涼んだ。水は嫌いだが飼い主とは離れたくないらしく、私がずんずん沖へ泳ぐと仕方なく泳いで付いて来た。
人の来ない牧草地やグラウンドに行くとリードを外して走らせた。人年齢に換算すると小型犬は1年半で20歳になると言う。ちょっとはもう青年で、どこかで力を発散させてあげる必要があった。ボールがあればボールで遊び、自分で木の枝や落ちているヒモを見つけるとそれを咥えて嬉しそうに走り回った。
公園に行くと子供達が「ちょっとが来た!」と口々に言い合って寄って来た。私は子供たちから「ちょっとのお父さん」と呼ばれた。ウォーキングをするオバアたちからも「お散歩ね?」と声を掛けられる。たまに私が1人で歩いていると「あれ犬はどうしたね?」と訊かれる。この集落において私とちょっとは1セットなのだった。そんなふうに、4歳になったちょっとは集落の一員であり子供達のアイドルでもあり、私たち家族にとっても掛け替えのない存在になっていた。2016年の事だ。
ちょっとの4歳の誕生日から1週間後、隣のオバちゃんの家のコロが死んだ。ラブラドールに似た中型の黒犬だ。朝、小屋で眠ったまま静かに亡くなっていた。フィラリアで腹水も溜まり咳をしていて、そう長くはないだろうとは思っていた。途方にくれるオバちゃんのために、私は知り合いのペットの葬儀屋さんに連絡をしてコロを火葬にして貰った。
プツッと糸が切れるように、ペットは死んでしまうものかと思った。飼い犬・ちょっとの事を思った。そしてこの1ヶ月後、事件が起こる。