17 共にある、ということ
あるご婦人がいた。娘時代は童話作家になるのが夢だった。結婚し長男が産まれ、幸福な家庭生活を送っていた。しかし長女が生まれてから、暮らしは一変する。長女には重度の障害があり、24時間つきっきりでの介護が必要だった。医者からは、5歳になって自分でお座りが出来たら奇跡です、親子で世を儚むような事は決して考えず、頑張ってくださいと言われた。婦人は自らの不幸を恨んだ。
ある日、娘を病院へ連れていくため電車で出かけた時、どこまでも続く緑の田んぼの中の道を、赤い車が走って行くのが見えた。あの車の中には幸せな家族が乗っているんだろうな、と思った。そして隣の娘に話し掛けた。「アンタが生まれて来るまではな、お母ちゃんもあんなふうに幸せだったんよ」それを言った瞬間、婦人は雷に撃たれたようにみずからの過ちに気がついた。自分は間違っていた、と。娘が他の子と同じように治って欲しいと思っていたこと、童話作家に憧れていた娘時代に戻りたいと思っていたこと、娘が歩くことが出来なければ我が家の幸せはスタートしないと思っていたこと、すべてが間違いであったと一瞬のうちに気づいた。娘に掛かりっきりで、長男のこともご主人のことも見失っていた事にも気づいた。寝たきりでも世界中で一番幸せな娘にしよう、そう決めた。世界で一番幸せな家庭にしよう、と。
婦人はふと思い出した。自分が童話作家になりたかった事を。調子の悪い時はひっきりなしに痰の吸入が必要な娘の、ベッドの横に置いたアイロン台で執筆を始めた。もはや、すべてを娘のせいにしていた以前の婦人ではなかった。1990年、36歳にして婦人は童話作家としてデビューした。作家・脇谷みどり氏の実話である。
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