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37 伝えること、伝わること

わが家の隣には90になる親戚のおばちゃんが一人暮らしをしている。昔はキツい気性に感じられたが、今ではすっかり温厚になりウチの愛犬をよく可愛がってくれる。3年ほど前から認知症を疑わせる言動が現れ始めた。唯一の身寄りである弟さんは遠く500キロ先の鹿児島本土に暮らしていて、先日わが家宛に「私も高齢です、姉の事はすべてお願いします」との手紙を寄越した。以前からおばちゃんの世話はわが家でしていたのだが、身内公認でわが家に託された形だ。
 
デイサービスの車が朝9時に迎えにやって来る。おばちゃんは6時から手押し車の椅子に座って待っている。何度もわが家の勝手口のドアを叩き、迎えが来んのだけど忘れてるんじゃないかと尋ねる。迎えが来る頃にはどこかへ行ってしまってデイサービスの人が集落を探し回ることも多い。月曜と木曜、そして土曜がデイサービスの日だ。おばちゃんは朝、わが家をノックして「今日は月曜日な?」と尋ねる。木曜日にも「今日は月曜日な?」と尋ねる。妻は慣れたもので「そうよ、今日は月曜日。だからお風呂の準備しておいてね」と合わせる。月曜だろうが木曜だろうがデイサービスに行くという目的が達せられればそれで良い。
 
おばちゃんの話から入ったが、次はおっさんの話だ。私は所属する組織で4つの地域を取りまとめる役割を担っている。2カ月に一度、各地域の担当者からちょっとした報告書を受け取る。それぞれ仕事を持ち多忙な中、担当者は書類を作成して期日に提出してくれる。ところがある地域の担当者だけが一筋縄ではいかない。60代半ばで私よりも10歳以上も年上だ。仕事もせず、かと言って地域に尽くすわけでも無く、日がな一日ごろごろとテレビを見、雑誌のパズルに夢中になっている。経済的には妹さんが面倒を見ている。その人が、2回続けて提出期限に遅れた。期限に遅れることは他の担当者にもあるが、大抵は「ごめんなさい」と言葉を添えて急ぎ提出される。みんな忙しいのだ。しかしこの人は違った。私が「前回も遅れましたね」と言うと彼の口から弁解の言葉が出始めた。しかも自分以外の誰かが悪いような言種だ。1回目は「次は間に合うようにお願いしますね」と静かに終わらせたが、今回は笑顔を消し、ひと回りも年上の人を私は近所に響き渡る声で怒鳴りつけた。遅れた事にではなく、2度同じ事を繰り返してなお、弁解を始めた事に私は怒って見せたのだった。
彼とは10年以上の付き合いであり、軽く言ったのでは通じない事は良くわかっている。私は口で攻撃する時には相手をぺんぺん草も生えないくらいまで叩きのめす。これで関係性が壊れても構わない覚悟での事だった。あるいは彼が大人の発達障害なのかも知れない事も承知の上だ。しかしそれが通じた。それ以降、こまごまとした報告事項も彼はきっちりと仕上げるようになった。
人に何かを伝えると言うことはキレイ事では無い。そして疲れる。今回はそんな話になった。

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