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23 私たちの声は

奄美にはシマウタというのがあって、それは一般に知られている「島唄」とは別物だ。一般に知られている島唄と言えば、THE BOOMが1993年に発表した「島唄」の影響もあってか、沖縄の「島」の唄である。もしくはBEGINや夏川りみの沖縄唄が思い出されるだろう。しかし本来沖縄には「島唄」というものは存在せず、あったのは琉球民謡である。「シマウタ」という言葉は奄美独自のもので、ここで言う「シマ」とは奄美群島内のごく狭い地域をさす「シマ(テリトリー)」もしくは「仲間内」といった意味であり俗に言われる「島(アイランド)」ではない。
 
奄美のシマウタの多くは悲しげで歌詞にも暮らしのツラさや人間関係の世知辛さを唄ったものが多い。南米のアフリカ系アメリカ人の間で発生したブルースにも通じる生活唄である。落語家の立川談志は「落語とは業の肯定だ」と言ったが、ブルースも奄美のシマウタも「業の唄」に違いない。持って行きようの無い思いを唄にのせて仲間と共有する事で日常の苦しみを少しでも癒そうとしたのだろうか。
 
作家の司馬遼太郎は『アメリカ素描』の中で、文化と文明と言う対立軸でアメリカを語ってみせた。家々の家庭料理よりも大量生産の冷凍食品の効率性を価値とするのが「文明」である。独自性は蹂躙され画一性が求められる。当然そこには反発が起こる。「こんなはずじゃなかった」と嘆くのがブルースなら「俺たちはそんなんじゃねえ」と怒るのがロックである。
 
文明が指向する「人それぞれ」の否定とは「業の否定」でありそれは、市井を生きる人々の感情にはそぐわない。コンサルタントに指導された為政者は天の上から文明的で画一的な施策を試みようとする。そう、ようやく今日語りたかったことに辿り着いた。
 
元々は「私たち」共同体のために作り出された政治が、往々にして「人それぞれ」を押し潰す圧力になる。私は個人的にそれを「天の上からの声」と呼んでいる。「天の上からの声」は「人それぞれ」の網の目をすべて理解しているわけでは無い。だから、人はそれぞれに声を上げなければいけない。痛ければ痛いと叫ぶことだ。そうでなければそれぞれの「私」は押し潰されてしまう。
 
2018年、神奈川県でひとりの女の子が生まれた。身長は26cm、体重は370g。低出生体重児である。「ありがとう」「おめでとう」母親になる女性は生まれて来る赤ちゃんに最初に掛ける言葉をいくつも考えていたのに、出てきた言葉は「ごめんね」だった。母子手帳には1000g以上で生まれた赤ちゃんの成長しか記録できず、生まれてきた子供が育って来た経緯をどこにも記すことが出来なかった。身長も40cmからしか書くことが出来なかった。母子手帳には大きな空白が出来た。母親にとってあまりにもつらい体験だった。その時に静岡県で発行されていた「リトルベビーハンドブック」の存在を知る。
 
神奈川でもこれを作ろうと、2021年7月、彼女は同じ状況下にある婦人たちと共に「神奈川リトルベビーサークルpena」を立ち上げ、声を上げた。県に要望書を出すが、コロナ禍の最中であり県としてもそれどころでは無かった。しかし8月、その声は、一人の県議会議員に届いた。県議は全国のリトルベビーハンドブックが成立に至った議事録をすべて読み込み、9月の代表質問でリトルベビーハンドブックを取り上げた。翌10月、議員のセッティングで彼女と黒岩知事の直接面談が実現した。その席で黒岩知事は、自身の初孫も1000gの低出生体重児であった事を涙ながらに語った。その時の気持ちを、過日の代表質問によって思い出したのだった。「温かみのあるハンドブックをぜひ作りたい」それが黒岩知事の回答だった。そして本年、神奈川県でもリトルベビーハンドブックが作られる運びとなった。声は上げなければ届かない。
 
「低出生体重児の親たちの願いに、神奈川県知事が涙の約束 成長記録する『リトルベビーハンドブック』を作りたい」(2021年10月8日付 東京新聞朝刊)
https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/birth/48027/

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