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【介護物語】自販機までの距離から

「出来ることは、自分でしていただく」
これが基本方針かぁ、と
私は二人の後について、その言葉をメモした。

ガチャコンと音を立てて白い缶のカフェオレと、
ミルクティーの入ったペットボトルが落ちてくる。
「コレがばあさんので、こっちがワシの…」

施設から10mほどにある青い色の自販機の前で
缶を手にとった、ひょろりと痩せた老人。

毎日2回、歩いて自動販売機までの散歩。
時間にして、わずか5分。
わずか5分の散歩で、何を見ているのか
彼は私に説明をはじめた。

歩き方に不自然な点はないか。
靴を履くとき、片足立ちできるか、バランスをとれるか。
凹凸のある道路で10mの距離を歩けるか
自転車などが来たら避けられるか
玄関前の段差を跨ぐことができるか
財布を持ってきているか
きちんと支払いができるか
きちんと買いたい商品を買えるか
おつりを取り忘れていないか
商品の温度を感じられているか
2つの缶を手にしてバランスよく歩けるか
暑い、寒いなど季節を感じられているか

思いつく限りでも、ざっとこんなところだけど、
と彼はこともなげに言う。

そして

出来ることは自分でやってもらう。
出来るかぎり私が手を貸してはいけない。
これまで出来ていたことが、出来なくなる瞬間が必ず来る。
その時のために、日々、彼らを見ているのだよ、僕らは。

今日も、愛妻のために、カフェオレを買う、96才。
私には、その足取りは、とぼとぼとしたものにしか見えないけど
彼には、しっかりと地に足がついているように見えているのかもしれない。

メモメモっと。


2021年1月16日にmonogataryというサイトに投稿した作品に加筆・修正を加えたものです。現在はmonogataryへの投稿は行っておりませんが介護にまつわる物語をいくつか書いていましたので、ゆっくりとnoteに再掲載していこうと思います。特に在宅介護にまつわるヒントになればと思います。