ごみひろいが生み出した御縁
実は姫路縁の立ち上げを計画してた2019年の1月頃から 杉本 博之と『ごみ拾い活動』をやる計画をしてた。
#姫路縁1号店のオープンは2019年9月
#ごみ拾いを始めたのは2020年5月の2号店がオープンしたもっと後
それから約1年半を過ぎた頃に #まいにちごみひろい は姫路縁のコンテンツとなり、今となっては姫路縁関係なくみんなのものになってる。
こうして1つの活動からいろんな御縁が生まれたり、所有コンテンツから共有コンテンツへと変わることが嬉しくもあり誇らしくもあります。
▼ セギノール 陽介さんのFacebook投稿
https://www.facebook.com/100014229814754/posts/1066839580467026/
姫路縁のごみ拾いは以前から計画してたものではありますが、実際にそれを形にしたのは杉本です。
2019年9月。
僕がやってた別事業から姫路縁に店長として就任した杉本は、コロナによってゴーストタウン化した観光地の現状を目の当たりにします。
アパレル歴もそこそこ長い杉本は「接客」には自信を持っていました。
彼を知ってる人なら彼が接客向きであることはすぐに理解できると思います。
"接客に自信はあるのに接客できる機会がない"
人の居ない観光地には、かすかな希望もありません。
サービス力や接客力の改善や向上。
そういった内的部分の問題解決だけで姫路縁の未来を輝かせることは困難な状況だったんです。
誰もいない。
誰も通ってない。
誰も店に入ってこない。
誰にも見つけて貰えない。
絶望とも言えるこの状況で、僕らが打った手段が、昔計画してた「ごみ拾い」でした。
『待っていても人に見つからない。
それなら自分達から人に見つかる行動をしよう。』
誰も知らない姫路縁を知ってもらうために。
姫路縁の服を着てごみ拾いすれば、少なくても服を知ってくれる人は増える。
もしかしたら1人ぐらい「俺も一緒にやるよ」の声が集まるんじゃない?
そう思いながら杉本はごみ拾い活動を始めることにしました。
最初から僕と杉本の中で決めてたことがあります。
それは『僕(松岡)はあまり参加しないこと』です。
僕がやればやるほど姫路縁オーナーである僕のコンテンツだと認識されてしまい、杉本の努力度、注目度がいまいち上がり切らない(目立たない)気がしたんです。
杉本がやるなら杉本に人が集まった方が良いし、杉本が感謝された方が良い。
姫路縁オーナーである僕がいると邪魔になると思い、僕はごみ拾いの参加を諦めました。
#参加するときは杉本に呼ばれてカメラマンとして行くときぐらい
ごみ拾いは初日から友達の北村 英昭さんが参加してくれました。
それから、あっという間に人が集まり、地元メンバーだけでなく、他府県からの参加者も増えました。
姫路に遊びにきて姫路に泊まって、朝早く起きてごみ拾いに参加するという流れができたほどです。
#なにそれ
杉本が接客が得意な理由は「接客技術が高いから」ではありません。
「人が好きだから」です。
人が好きな杉本はスグにごみ拾いメンバーとも仲良くなり、人と人を繋いでいきました。
ごみ拾いを切っ掛けに生まれた御縁によって、新たな笑顔が生まれたのも事実。
「姫路縁のまいにちごみひろい」では無くなりますが、時々僕も参加させて頂こうと思います。
これからもみんなで"面白い"を作って行きましょう。
姫路縁を使って下さった皆様、ありがとうございます。