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清流の魚

 京都の三ノ尾に行った時の話しである。
暑い京都の人にとって鞍馬とか三ノ尾とかは手軽に行ける避暑地のようなものかと思うが、ある年の夏、私はHと車で京都見物にでかけた。お寺参りというのも結構暑い中を歩き回るので草臥れるものなので、一日休養がてらに栂の尾にでも行って豆腐料理で一杯やろうということになり午前中の寺回りを早目に切り上げて清流の涼しげな掛け茶屋でビールを飲んで涼をとっていると、下の方で盛んに竿を出しているのが見えた。おりて行くと、油ハヤを釣っている。餌は石の下についているチョロ虫である。ところがこのチョロ虫というのはなかなかすばしこい上に柔らかですぐ潰れてしまう。こちらは酒が入っている上に河原で暑いので面倒なことはやりたくない。
 そこでふと思いだしたのが横浜で買った崎陽軒のシュウマイが一個だけ箱にのこっていて車のトランクの中で腐っていることだった。こんな綺麗な水に棲んでいる魚にとって油ぎった中華料理というのも意外に良いのではないかと思い、早速いつもトランクに入れてあるヘラ釣りの道具を取り出して腐れかかったシュウマイを小さくちぎって餌にすると打ち込んでみた。
 百発百中とはこのことである。瀬に打ち込んだ浮木が深みに流れて浮木が立つか立たないうちにアッと思う間もなく水中に引き込まれる。我ながら小気味の良い程の釣れっぷりである。忽ち近くで釣りをしていた親子連れが周りに集まってきて見物をしはじめる。釣っては放し釣っては放すが、なにしろ腐れシュウマイの続く限り釣れ続けるのである。予想通り清流に棲んでいて川ゲラ位しか喰っていない彼等にとって油ぎって腐れかかったシュウマイなんぞは丁度田舎出の青年が都会の夜の蝶に初めて出会ったようなものだからひとたまりもないのである。
私はシュウマイが種切れになったのをしおに切り上げて嵐山の渡月橋の際にある宿屋に帰ると、夕方の橋の欄干から竿を出している男の人に何の餌で釣っているのかと尋ねた。その釣り師はハエ(関東で言うヤマベ)釣りの餌はこの赤い粉(名前を聞いたが忘れてしまった)でやるのだと言って赤い練り餌を見せてくれた。
 昼間栂の尾でシュウマイで釣った話をすると、その釣り師は「ここでは駄目だよ」とニベもない。釣り師によればこのあたりは旅館が多く料理カスが常時流れ込んでいて魚も口が奢っているので淡白なこの餌しか喰わないのだという。よく水中を透かして見ると確かに水は綺麗だが細い屑のようなものがかなり流れの中に見えるのだ。
 成る程、魚もいつも美味しいいものばかり口にできる所に棲んでいるとお茶漬けが恋しくなるという理屈かと変に感心した次第である。

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