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潮干狩り 

 或る日のこといつもの通り夕方魚政に行くと珍しく祐さんがしょんぼりしている。どうしたのかと聞きたかったが、生憎客が一人入ってきたので本人に尋ねるのははばかられたので黙っていたが清美姉さんが小声で「ねえ、聞いてよ、まったく馬鹿馬鹿しいったらありゃあしないんだから」と説明してくれた。
 昨日の日曜日、魚政では久しぶりにみんなで潮干狩りに行ったのだそうだ。潮干狩りといっても女子供がやるのであって男共は行きの船の中から酒盛りでとても潮干狩りなんかやってるような奴はいない。といっても船の上は暑いからひと泳ぎしようということになった。海水パンツなんて気の利いたものを持っている奴は一人もいないからパンツ一枚になって深場に船をもっていってもらって船から飛び込んで遊んでいたところ船が揺れて折角とった浅蜊を海の中に落としてしまった。
 「ちぇ しょうがないわねえ」と女共が文句を言っていたところ祐さんが「俺がもぐって取ってきてやらあ」と言って海の中へ飛び込んだ。二三メートルの水深なのだが潮に流されたのかなかなか見付からない。どうしても浅蜊を入れていた網袋が見付からないのでとうとう祐さんもあきらめて船べりにすがって船の中に乗り込もうとした途端船がぐらりと大きく傾いて置いてあった物がざーッと海の中に落っこちてしまった。お弁当から財布から日傘からついでに人間も二三人落っこちるという騒ぎ。
 やっと船に乗り込んだ祐さんが身の回りを改めるとなんとしたことか一週間ほど前に大枚はたいて買ったばかりのローレックスが見当たらないのだ。折角海水につけないようにと船の中に置いていったのが仇となり哀れローレックスは海底に沈んでいったのだ。真っ青になった祐さんは再三再四潜って探したのだが見付かるのは人のものばかりで遂にローレックスは浦安沖に姿を消してしまったという話で、家族のものも「惜しいことをした惜しいことをした」と口々言っていた所だった。
 途中から黙って横で憮然としていた祐さん曰く
「俺にゃあ、ああいうものはむかねえんだってぇことよ。なんでえローレックスだかなんだか知らねえがたかが時計じゃあねえか。時計屋に行きゃぁいくらだってゴロゴロしてんだ。」
「俺はもう金輪際腕時計なんかつけねえからな」
 そう言えば気の利いた魚屋でローレックスなんかしているのにお目にかかったことはない。なんで祐さんがローレックスなんか買う気になったのか今でも謎である。


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