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黒と赤

寒いですね

寒いとあの日の事を
うっすら思い出します
だんだん薄れてはいるものの
忘れならない日の出来事です

…聞きます?


その日の天気予報は
晴れで暖かいと言ってました
だから少し薄着して仕事に行きました

終業時刻になり
落ち着いていた私は
勤務台帳に時間を記入してから
お疲れ様でしたと部屋を出ました

あれ?冷えてる?
そう思ってドアを開けたら
まぁ、寒いこと!
その日の服装を心から後悔しました

徒歩10分、
電車で45分、
そこから徒歩で15分
とにかく冷えました


家の前に着いた時
私の家の前に誰かいるのがわかりました
髪の長い女だとは
後ろ姿でもわかりました
全身黒の背の高い女でした
ドアをノックするでもなく
ただ下を向いて立ってたと記憶しています

あんまり気持ち良いものじゃないです
知らない女だし
どう声をかければいいのかと
少し立ち止まって考えました


すると黒い女は振り返り
私を見つけました
私を凝視する目は赤く
吊り上がっていました
真っ赤な口紅が妙に目立っていました


その赤い口がにやりと動きました


知らない…こんな女知らない
なのに私を見て笑ったのでした
まるで知り合いの様に

そして私の方に近付いてきたのでした
私はただ恐ろしくなり
来た道を戻ろうとしました
でも蛇に睨まれた蛙の様に
後ろを向く事もできませんでした
体が動かなくなりました
助けてと叫ぶ事もできませんでした
なのに
その女の赤色から目が離せませんでした

どうしてどうしてどうして?
私はどうなる?
あの女に捕まるのか?
捕まったらどうなる?
こわいこわいこわい
どうしようどうしようどうしよう


恐ろしく高速に
女は私の目の前に立ちました
赤い目を見開いて私を見ていました
赤い口は片方が少し吊り上がって
にんまりと笑っていました

どうしてどうしてどうして
どうして私なのですか
私はあなたを知りません
ぶつかったりして
迷惑をかけた覚えもありません
こわいこわいこわい

女は私を見下ろす程背が高く
その威圧でそのまま膝が震えて
カクカクと地面に
尻もちをついてしまいました
そんな私をただまんじりと
女は見開いた目で見ていました


そして
その赤い口を裂ける程開き
私を飲み込むかの様に近付けました

それでも私は目を背けられず
赤を交互に見続けていました


あああああああああーーーーー

食べられてしまうと思った瞬間
かろうじて気を失いました


気が付くと家のドアにもたれて
眠っていました
見えた星は綺麗なのに
空まで冷えて
私は垂れ流した唾液が凍っている
そんな気までしました

震える膝を持ちながら
何とか鍵を開けてドアの中に入りました
冷えた部屋にエアコンを点け
風呂に入って全てを流そうとしました

風呂のドアを開けました
中にある鏡には
大量のキスマークが
べったりと隙間なくついていたのでした

私は失禁していました
後で思ったのは
風呂場で良かったという事でした


…何だったのでしょうね
ストーカーなら
それからも続くと思い
毎日周りを気にして歩きましたが
その日だけの事でした
…本当に何だったのでしょうか


あれから引っ越しもしましたし
あの女を見る事はありません


でも寒い日には
うっすらと思い出すのです
真っ黒に真っ赤なコントラストを
見下ろしてくるあの顔は
もうぼんやりしか思い出しませんけどね


どうでした?

ふふふ


私ここのところ
赤い口紅を入手しましてね
唇に綺麗に塗るんですよ
鏡の中の私はあの黒い女
長い髪のかつらも手に入れよう


ふふふ
何だか楽しいんです



✳︎3/23 加筆あり

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