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手を洗うだけが手洗いだと思ってませんか。|行動科学的ぼやき

コロナの影響で「手を洗おう」というメッセージが広まっているのは大変喜ばしいのですが、一点だけ個人的にずっと気になっていることがあります。

それは、ハンドドライヤーについてです。

私の主張はこうです。「これからの時期、(特に飲食店の)ハンドドライヤー停止は危険だから早く元に戻すか、ペーパータオルを置いたほうがいいよ。

ハンドドライヤー利用停止の根拠

環境問題の観点から、ロールタオルやペーパータオルが姿を消し、ハンドドライヤーのみ設置されているトイレが多くなっています。日本の駅や、公共施設などでは、そもそも手を乾かす手段を提供していないところがほとんどですが…。

しかし、今年の2月3月辺りから、新型コロナ対策として、オフィスビルや、コンビニ等で、ハンドドライヤーの利用を停止するトイレが増え、未だに多くの場所でそのままになっています。

利用停止の理由として多いのが、感染経由の可能性として指摘されている「エアロゾル感染」です。実際に、ハンドドライヤーはウイルスを拡散するという論文があり、一時期ニュースになりました。

一方で、衛生微生物研究センター、検査研究部門長の李新一氏によると「手洗いを必要に応じて実施すること自体が重要であり、ハンドドライヤーかハンカチを使用することを検討することは衛生的な観点から見ると大きな差はない」とのこと。

他多くの論文で共通認識としてあるのは、手を洗うだけできちんと乾かさず、湿ったままの手は危険ということです。

The Path of Least Resistance 

「ハンドドライヤー利用はエアロゾル感染を招く説」の信憑性についての議論は置いておくとして、ここで少し、行動科学・行動経済学的な話をします。

私が行動経済学の紹介でよく使う概念の一つに、人は心理的な抵抗が最も少ない道、つまり「心理的最短距離」を取るというのがあります。

例えば、いくつかの選択肢がある際に、すでに選ばれた選択肢(初期値)を選んでしまうという「デフォルト効果」があります。この効果が起こるメカニズムとして、初期値を選ぶほうが、別の選択肢の考慮や意思決定などを行うよりも、心理的な負担や抵抗が少ないからだと考えることができます。

この、心理的最短距離を取るという傾向を無視して行動変容を行うと、時に思わぬ結果を生むことがあります。以下はその一例です。

・歩道を走る自転車のスピードを下げさせるためにゲートを設置したら、回り道をされて、芝生の上に道ができた。

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・健康的な食生活を促すため、砂糖の多い炭酸飲料に課すソーダ税をある地域で導入したら、その地域での炭酸飲料の売上は下がったが、隣町で売上が上がった。

・閉園時のお迎えの遅刻が多い保育園で、遅刻する保護者に罰金を課したら、遅刻する保護者が逆に増えた。

これは行動変容を促す上でとても重要な概念です。何か環境に変化を加えて行動変容を促す際には、その変化が、促したい行動以外にどういった影響を及ぼすかを考える必要があります。

ハンドドライヤー利用停止のリスク

さて、なぜ心理的最短距離の話をしたかと言うと、ハンドドライヤー停止することで生まれる「心理的最短距離」が思わぬ結果になる可能性があるからです。

ハンドドライヤーの普及により、ハンカチ等を持たず、または持っていても使わずに手を乾かす習慣が身についている人たちは多いのではないでしょうか。その人達が、ここ数ヶ月でハンカチやペーパータオルを持つ習慣を身に着けたとは考えにくいのです。特に、外出自粛されてましたしね。

すると何が起こるか。トイレで用を済ませて、いざ手を洗おうと洗面台へ向かったとします。ハンカチ等を持っておらず、ハンドドライヤーが使えない、という状況下で、人が取るであろう選択肢は、以下の5つが考えられるのではないでしょうか。

1.手を洗うけど乾かさない、または自然乾燥させる

2.手を洗って服で拭く

3.手を洗わない

4.髪の毛で拭く(女性に多い?)

5.トイレットペーパーで拭く

いずれの選択肢においても、「石鹸を使って、15秒のすすぎ」や、それ以上の入念な手洗いはされない可能性が高い気がします。つまり、ハンドドライヤーが利用できないために、手を洗わなくなる、または、きちんと乾燥させない状態で他のものを触る、といった行為の増加が考えられるのです。

また、これからコロナへの危険意識は低くなる一方だと思います。あれだけ死者を出しているアメリカでも、あの状態ですし、何故か上手くいってしまった日本で高い危険意識を持ち続けるのは大変難しいと思います。元々キチンと手洗いをしていた人は多いとは思いますが、手洗いを疎かにする人はこれから増える可能性があります。

そうなった場合、ハンドドライヤー利用によるエアロゾル感染リスクと、ハンドドライヤー利用停止によって手を洗わなくなった・乾かさなくなった人たちが増えるリスクと、どちらがより危険なのでしょうか。

ハンドドライヤー利用停止前と後で、実際どれだけ手洗い率に影響があったのか。調査してみたいと思ったのですが、決行前に外出自粛・引きこもりしてしまい、実施できませんでした。どうやって手を洗ったか、手を乾かしたかを計測するかという、技術的な問題もあります。(調査協力いただける方、いらっしゃいましたらDMください笑。)

ハンカチを持てばいいだけだ、とおっしゃる方もいるかと思います。Nifty何でも調査団の調査によると、6割以上がハンカチを必ず持っており、ハンカチを持っていない率は、約1割らしいので、大した問題では無いのかもしれません(自己申告調査なのでかなり多めに見積もられてる可能性は大きいですが…)。

一方で、ハンカチ所持率は減少傾向にあり、トイレで利用する人の割合は結構低いと言う記事もあります。

上で紹介した論文では、使い捨てペーパータオルが最強で、濡れたままや、濡れた布で拭くことは推奨されていません。ハンカチは一回目はいいですが、それ以降の湿った状態での再利用は控えたほうがいいと思われます。

いずれにせよ、ハンドドライヤー利用再開かそれが無理ならペーパータオルを提供するかで防げる問題です。

まとめ

コロナに加え、これから食中毒が流行り出す時期でもあるので、手洗いだけでなく、その後の乾燥も皆がしっかりできるような環境は必須だと思います。ハンドドライヤー利用停止によって思わぬ効果が出ないことを願いたいですね。


おまけ:手洗いの現状と手洗いの効果

手洗いの現状と効果についてのトリビアです。最初知ったときは、マジか…ってなりました。

Q.日本でトイレの後に手を洗わないことがある人の割合は?

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/risk_commu_norovirus/pdf/risk_commu_norovirus_shiryou4.pdf

A.15.4%

Q.世界人口のトイレの後に手を洗う率は?

A. 19%(洗わない率ではなく、洗う率です)

Q. 手に糞便由来の大腸菌をつけている地下鉄通勤車の割合は

A. 約4人に1人(イギリスの場合)

手洗いの時間・回数による効果

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石鹸を使った手洗いの効果をビジュアル化



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