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【随想】 「乳粥」の話

 最近、仏教関係の本を読んで気になることがあった。
 それは、インドの山奥(?)で修行中のお釈迦様が村娘のスジャータ嬢に作ってもらった“乳粥ミルク粥”のこと。「お粥」は病気のときに食べる物というイメージがあるが、スジャータ嬢の乳粥の場合、口にした途端、修行で衰えた体力が忽ちのうちに回復したというから、まるで某製薬会社の栄養ドリンクのようなお粥であったという。まさに元気ハツラツ!
 老生、このスジャータ嬢御手製の乳粥の正体は、玄奘三蔵がその著書『大唐西域記』で紹介しているという「砂糖を入れた牛乳でバナナを煮た料理」と同じものだったのではないかと推理している。
 マレーシア原産のバナナがインドの記録に現れるのは、紀元前6〜5世紀頃からといわれている。お釈迦様が誕生したのは紀元前5世紀頃とされているから、バナナを口にする機会は十分にあったと考えられる。『果実の事典』(朝倉書店)によると、バナナには《ストレス解消や血圧を低下させるのに役立つカリウムや精神の興奮を静めたり,骨の形成に役立つマグネシウムが多く含まれている.また,ビタミンB6含量も多くタンパク質代謝を促進したり,貧血を予防する.さらにナイアシン含量も多く,糖質や脂肪の代謝を促進する.ビタミンC,食物繊維も豊富に含まれている.成熟した果実にはポリフェノールが多く含まれ,抗酸化活性が強く免疫力を強める効果を持っている》と、弱った身体に有効な栄養素があるらしい。
 乳粥を食べて「元気ハツラツ!」となったお釈迦様、その後、菩提樹の下で深い瞑想に入り、三日目(七日目説も有り)の暁近くに偉大な悟りを開いてブッダになったと伝えられている。『果実の事典』によれば、バナナは《セトロニンと呼ばれる神経伝達物質の一種を含んでおり,神経を落ち着かせたり,睡眠を促す作用がある》という。良質な睡眠は良質の仕事に繋がるもの。「お釈迦様の開眼には、バナナの効用が影響していた」と思えてならない。仏教興隆の陰にバナナ有り……かも?
 また、インドではバナナの葉は尤も清浄なものとされ、儀式の供物を載せる器に使われるという。葉っぱが清浄ならば、その葉が作る“陰”も神聖な空間だったのではないか。お釈迦様が悟りを開いたのは、菩提樹ではなくバナナの葉陰だったのではないかと想像してしまうのだ。そんなことを考えていたら、お釈迦様を冒涜した仏罰により地獄送りになってしまうは必定。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……。
 さて、老生の地獄行きが確定したところで、宗教絡みの話をもうひとつ。
 精神世界は言うに及ばず自然科学の分野にまで多大な影響を与えているキリスト教。のガリレオ・ガリレイに「それでも地球は回っている」と愚痴グチらせたキリスト教。その教典『聖書』に登場する“禁断の果実”と言えば、誰もがリンゴを思い浮かべるであろう。が、“禁断の果実”の正体をバナナとする説があるのを御存知だろうか。『たべもの植物記』(山と渓谷社)によれば、バナナの《学名のparadaisiacaは「楽園の実」とか「知恵の実」といった意味で、エデンの園でバナナの陰に隠れて蛇がイブを誘惑したという伝説からついたという》のだそうだ。もしかしたら、リンゴに纏わる神話・伝説の中には、本来、バナナが主役だった話も紛れているではないかと想像を逞しくしてしまうのだ。例えば、アイザック・ニュートンが万有引力を発見したきっかけは、リンゴの実が落ちるのを見たからではなく、バナナの皮で滑って転んだ人を見たからとか……。こりゃ、イグ・ノーベル賞の世界じゃ。
 『旧約聖書』(日本聖書協会)の「創世記」によれば、禁断の果実を食べたアダムとイブは、《自分たちが裸でいることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした》という。巷間(ちまた)では、この葉っぱをパンツの原型とする説が囁かれているほどだ。それにしても、腰を覆うのに何枚の葉っぱを要したのか。その昔、「葉っぱ一枚あればいい〜♪」という歌が流行ったが、大事な箇所を隠すのにイチジクの小さな葉っぱだけでは何とも心許ない。「いつ何時、ポロリしてしまうんじゃないか」とハラハラし通しの毎日。そんな生活じゃ、精神衛生上宜しくない。それを解消するには、もう少し大きな覆いが欲しいところだ。そこでバナナの葉っぱの登場だ。人類のバナナ利用は食用だけに留まらない。『甘いバナナの苦い現実』(コモンズ)によれば、バナナは《アバカ(マニラ麻)と同じバショウ科なので、偽茎から繊維を取り出し、紡いで布を織り、紙を作ることもできる》という。ちなみに、フィリピン男性の正装バロンタガログはバナナ繊維の布地から仕立てられているらしい。
 この事例から、アダムとイブの股間を隠したブツはバナナの繊維から作った“腰巻き”だったと想像するのだ。「バナナの葉は神聖なもの」というインドの信仰が「創世記」に影響していたら、神秘的な臓器である生殖器をバナナが蔽っても何ら不思議はないと思うのだ。

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