*脚本の本棚*邂逅(脚本前半公開)

『邂逅』脚本前半公開

作 伊織夏生(salty rock)


少年

     開演

     男が一人、立っている

     気だるげな動作でガス灯の火を消す

男 ……おはよう。

男 朝が来た。憂鬱な朝が。朝ってやつは基本的、誰にとっても押し並べて、清々しく訪れるものらしい。あんたにとってもそうなのかい? そうか、そりゃ心底羨ましいね。だがそれは、俺にとっては全く縁のない話。眠れない夜が終わり、憂鬱な朝が来る。その繰り返しのうちの一過程。ただそれだけさ。

男 余りにも不平等なこの世界の中で、時間だけはどんな人間にも平等に巡ってくるというけれど、それは虚言だ。妄言だ。もっと言うなら幻想だ。……なんで俺がそんな事言うか・だって? 教えて欲しいか、教えてやろうか。いいだろう。俺にははっきりわかるんだ。だって俺には……おっと失礼。

     男、ガス灯の火を灯す

男 ……こんばんは。

男 すまないね、話の途中で。何しろ俺には仕事があってね。いや、そんな大層な仕事じゃない。難しくはない、技術も要らない。命がけって訳でもない。でも俺はこの仕事をしなきゃならんのだ。永久に、永遠に、この小さな小さな星の中で、一人。

男 ……あんた、ガス灯ってものを知ってるかい。俺が火をつけたり消したりしているこれさ。そうこれこそが、俺の仕事なのだ。永遠に続く仕事なのだ。俺は眠れない夜をこいつと共に明かし、憂鬱な朝をこいつと共にやり過ごし、どうにか日々を生きている。言うなればこいつは俺の、相棒。……で、あると同時に、俺をここに縛り付ける楔・でもあるのだ。

男 ああ、朝か。

     男、ガス灯の火を消す

男 ……おはよう。

男 朝が来た。憂鬱な朝だ。俺をこの星に縛り付ける忌々しいガス灯の影が俺の上に伸びる。ああ忌々しい。それにしても愛おしい。この孤独を、やるせなさを、唯一共有できるお前は俺の大切な相棒だ、なあ俺の最高にして最大の友達にして仇敵よ。……ああ、自分でももう何を言っているのかわからない。

男 ……それにしても一人だ。俺は一人。どんなに話しかけたって、お前はちっとも答えちゃくれない。俺のこの孤独な呟きは、誰にも看取られる事なく消え行くさだめ。ツイート、ツイート、ツイート。リツイートはない。なぜならこの星に存在するツイートは俺のものだけだから。一人きりのタイムラインには寂しげな俺の呟きだけが蔓延るのさ。

男 ツイート、ツイート、ツイート。

少年 リツイート。

男 え?

     少年が立っている

少年 こんにちは! ねえあなたは今、どうして街灯を消したの?

男 そういう指示なんだよ。……おはよう。

少年 指示? 指示って何?

男 ガス灯を消すことさ

     男、ガス灯の火を灯す

男 ……こんばんは。

少年 それじゃ今街灯を点けたのはなんで?

男 それもまた指示さ。

少年 指示ってなんなの?

男 仕事さ。俺の仕事。そうするように俺は、指示されている。俺はそれをこなす。ガス灯の火を点けそして消す。それが俺の仕事。

少年 ふうん。

男 わかるか?

少年 ううん、なんだかよくわからない。

男 そうか、まあそれでもいいんだ。俺も別にわかってもらおうとは思ってないしな。

少年 そうなの?

男 そう。仕事ってのはそういうもんだ。

少年 ぼくも大人になればわかるかな?

男 わかるかもしれないし、わからないかもしれない。もしわかったら俺と同じで歯車だ。歯車になるんだ。この世界の、宇宙の歯車に。わからなかったら……どうなるんだろうな。俺にはそれがわからない。

少年 歯車? あなたは歯車なの? ちっともそうなふうに見えないけど。だって見たところ、あなたは全然ギザギザしていないんだもの。

男 ……物の例えだよ。さてはお前馬鹿だな。それともただの物知らず……おっと、

     男、ガス灯の火を消す

男 おはよう。

少年 おはよう。

男 物知らずでも礼儀正しい。いいことだ。挨拶は大事だぞ。

少年 ねえ、

男 何だ。

少年 このあなたの星をちょっと一周してきてもいいですか? 今ぼく旅をしているんだ。自分の星を出てね、いろんな星に行ってるの。あなたの星のことも色々見てみたい。

男 いいさ、してみろよ、ぐるっと一周。ただ、

少年 うわあ、ありがとう。じゃあ、行ってきます。

男 大股で三歩も行けば一周するけどな。

     少年、舞台上を一周してすぐ戻ってくる

少年 ほんとだ。

男 だろ?

少年 小さいんだねこの星は、すごく小さい! ぼくのいた星よりも、ぼくが見てきたどの星よりもずっとだ!

男 そうなのか。

少年 ああそうだよ、そして何もない! あなたとこの街灯以外は何も! ぼくのいた星だって随分小さいと思っていたけれど、ぼくの星には山が三つあって綺麗な花がいて、そして忌々しいバオバブがいつだって生えようとしていた!

男 バオバブねえ。

少年 この星にはバオバブは生えないの?

男 生えないよ。

少年 ……だとしたらぼく、それだけは羨ましいかな。

男 何で?

少年 何で!? あなたったら、そんなことを聞くの? バオバブはね、大変なんだ。ほっておくともうどうしようもないくらい大きくなって、滅多なことでは取り除けなくなるんだよ。ぼく三本のバオバブをほっていたためにバオバブに星を乗っ取られた怠け者のことだって知っているんだ!

男 ……それは確かに困るなあ。

少年 でしょ! だからバオバブが生えないあなたの星は……。……。

男 どうした。

少年 ううん、ぼく、旅をしているでしょ? だからぼくの星のバオバブは今どうなっているのかなって。

男 旅、か。

少年 でも、もう戻らない。ぼくの星には。

男 そうか。

少年 うん。

男 まあ、ワケは聞かないさ。

少年 ありがとう、あなた、優しいんだね。

男 まあな。

少年 あ、

男 おっと、

     男、ガス灯の火を灯す

少年 こんばんは!

男 ……ああ、こんばんは。

少年 どうしたの?

男 いや、なんかさ……こう、挨拶を交わすという事が、余りない経験なものだなということに今、思い当たったのさ。

少年 え、そうなの?

男 ああ、ずっと一人だったからな。

少年 そうか、あなたはずっと一人でこの街灯を着けたり消したりしていたんだね。

男 ああ、そうだ

少年 寂しくなかったの?

男 え?

少年 あなたはずっと一人で、寂しくなかったの?

男 ……

     間

少年 ……なんか、ごめんなさい。怒らせてしまった?

男 ……いや、そんなことないさ

少年 ああよかった。ぼくてっきりあなたを怒らせてしまったのかと。

男 怒るもんか。怒らない、そんなことで。大人はそう簡単に怒らないものだ。

少年 そうだよね、大人か。大人かあ。大人ってすごいね。仕事をして、歯車になったりならなかったりして、色々なことをわかっていて、そして滅多なことでは怒らない……ぼくもいつか大人になれるのかな。

男 なりたいのか? 大人に?

少年 なりたいよ、大人に。なってみたい。

男 ……なんだかお前はずっとそのままな感じがするな。

少年 このまま?

男 なんか、よくわかんないけど、そんな気が。

少年 そっかあ。

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