アクティングサポートプロジェクト 対談でデジタル稽古を振り返る
本対談は、アクティングサポートプロジェクト(以下アクティングPJ)の中の「デジタル稽古」チームメンバーの一部の方々と実施したものです。
アクティングPJでは、映像データの収集時に人数が必要な実験の繰り返しが必要な研究を行っています。事前の機材およびソフトウェアチェック、カメラ、マイクを用いた収録、事後のデータ管理など、とにかくチームが一体となる必要がありました。
また、対象も「演技」と、研究室がこれまで培ってきた分野とは異なる領域であったため、このプロジェクトは挑戦の連続でした。デジタル稽古という演技力向上のための手法がどのように生まれたのか、デジタル稽古チームのリーダーを務めた富田さんを中心に、これまでの流れを振り返ります。
正解がない、から始めたプロジェクト
参加者:和気 香子さん、東京電機大学 2019年度卒業生 富田 智史さん、西垣 一馬さん、B3生 釜谷 尚宏さん、インタビュアー 松井 加奈絵
― まずは、デジタル稽古チームリーダーの富田さんにお話をお伺いできればと思います。まず、2019年5月に、俳優さんを大学にお招きしてデータを撮らせていただこう、という流れになりました。富田さんが突然リーダーに抜擢されたわけですが、どのように感じられましたか?
富田 智史(以下富田):最初は、俳優さんの演技を実際に観られる、ということで期待感が大きかったです。ですが、実際にデータを撮ってみようとセッティングを始めるとハードルが高くて。
実際に俳優の方に研究を理解していただくために利用したスライド
― 私たちもどのような実験が正解か、効果的かは、想像するしかなかったですものね。最初は俳優さんが見ることができない世界を見える化しようと360度から撮影する、という方法をデザインしました。
360度から芝居を撮影し、演じた俳優の方に映像を観てもらう実験
メンバーでのテストの様子
西垣 一馬(以下西垣):とにかく試行錯誤するしかない、ということで360度から映像を収録しようとセッティングしました。360度映像収録に関しては、恐らく俳優さんにとっては響かなかったのではないかな、発展がなかった。少し時間が経ってしまったので、色々思い出せない部分が…。
※西垣さん、今回対談に参加できなかった河西さんは、同時並行でおたりスマートソンプロジェクトのリーダーを務めていたので、時間的にもかなり苦しい時期が続きました。
ただ撮ってみよう、からデジタル稽古へ
西垣:そこから、後に「デジタル稽古」と名付けた同じ演技を繰り返し行う様子を繰り返し収録し、その再現率を高める映像フィードバック方法のための実験に発展していきましたね。
デジタル稽古概念図
― 俳優さんからご提案があって、撮影現場で俳優さんが行うリテイクを再現してみようということになりましたね。同じシーンで繰り返し演技を求められる場合、新鮮さを失わない、ファーストリアクションとしての演技をどうしたら保てるか、という動画撮影方法に切り替わりました。
西垣:最初の実験はとにかく色々なデータを取ってみよう、そこから何が使えるか考えよう、ということで、Kinectを用意して3次元データを収集したりもしました。
和気 香子(以下和気):そんなこともしていたのですね。初回は参加できず、デジタル稽古からご一緒したので知りませんでした。
西垣:結局データの使い道が見えなかったので途中で辞めてしまいましたが、最初は色々なデータを取ることを試してみました。そこからデジタル稽古を行う流れになって、俳優さん一人が喜怒哀楽に関する質問に答える一人向けデジタル稽古と、和気さんに参加してもらった対話型デジタル稽古が生まれましたね。
デジタル稽古(ひとり向け)の方法
1. 喜怒哀恐を想起させる質問を予め録音し、椅子に着席した演者に質問を流す。演者はその質問に対して自分の言葉は語る。
---
2.その様子をカメラで収録し、この様子を台本としてデータ化する。演者はこの様子をモニタから閲覧し、自分のリアクションを台本とし、演技を組み立てる。
---
3. 1回目のように着座した演者に同じ質問を行い、演者は1回目の発言、動きを演技として再現する。
---
4. これらのデータを収録し、1回目、2回目、3回目の演技が閲覧できるよう編集した映像を、演者へのフィードバックとし、どれだけ演技が類似しているのか、乖離しているのか、を判断してもらう。
演者が見えない視点を見える化する
― 360度撮影は初回のみでしたが、初めて俳優さんの演技を観させていただく、という興味深い現場でした。富田さんが用意してくれたのは、面白い引用フリーの台本でしたね。
富田:主役はバンパイアの役、恋人の部屋に忍び込んで殺そうとする、というシーンの台本でした。少し突拍子もないお話でしたけれど、事前ヒアリングの情報を見て、これまで演技したことのない役が良い、ということが分かり、探してきた台本です。
実験中は、一時間ほど役についてのディスカッションをしながら、撮影をしていきましたが、とにかくセリフと簡単な説明しかない台本から、こんな膨らみのある演技が生まれるんだ、と感動しました。
― 富田さんは、とにかく俳優さんに寄り添おうとしてくださいましたね。
西垣:初回の実験時には3回ほど撮影したのですが、1回目と2回目の間に、俳優さんと富田さんが役についてディスカッションしていました。ふたりの間に解釈の違いがあったようで、富田さんがイメージを伝えると途端に芝居の質が変わったのことが印象的です。
富田:とにかく圧倒されましたね、ただこのデータをどうやってフィードバックしよう、解析しよう、というのはかなり悩みました。初回では収録後にデータを出力して、その場で俳優さんに演技の様子を観てもらいました。
― 初回として、面白い試みだったと思います。その後に改めてフィードバックデータを送った後に、俳優さんから稽古に利用しては、というアイデアをいただいたので、次は方法を変えてみようということになりました。
簡易映像データ収録キットを作り、防音室で何度もテストした。
富田:デジタル稽古のアイデアが生まれて、6月、8月に実験を実施することになりました。最初デジタル稽古は、俳優さんに喜怒哀楽を想起させる質問をし、その質問回答の様子を動画として収録します。
その質問に答える過程の1回目を台本とし、自分の演技を動画で観ながら演技をする、という過程を2回、3回と収録し、1回目の演技とどのように変化していくか、という実験デザインでした。
最初は喜怒哀楽、といった人間の感情に合わせてみよう、ということで進んでいましたが、喜怒哀恐に変えました。和気さんからのアドバイスがあり、「恐怖」という感情が大切だ、という流れからですね。
仲間が増えました
― このデジタル稽古の誕生から、釜谷さんにプロジェクトに参加してもらうことになりました。
釜谷 尚宏(以下釜谷):突然大学に呼び出されて、明日実験するから手伝って欲しい、ということになりました。動画編集のアルバイトをしていることもあって、前々から実験のお誘いは受けていたのですが、夏休み中で帰郷から帰ってきたその日だったので驚きました。
― あの時は柔軟に対応してくださってありがとうございます。ちょうど実験前日は大学が法令停電で閉まっていたので、大学併設のイタリアントマトで実験の作戦会議をしているところに釜谷さんが駆けつけてくれて心強かったです。釜谷さんが仲間になってくれてどうでしたか?
西垣:映像編集技術のあるメンバーが入ってくれて、本当に心強かったです。この研究、実験は、映像データを撮ったら終わり、ではなくて、いかに短時間でフィードバックを返すかが、目的だったので。
例えば、演技が終わってすぐ動画を見せるのか、見せるだけではなくてコメント付き、評価付きなのか、といった方法によっても全くシステムが異なる。また、その結果もすぐなのか、1日後なのか、1ヶ月後なのか、といった時間経過で全く性質が異なってしまうと思うんです。
演技のフィードバックとは
― 俳優さんが自身の行った行動を忘れてしまいますものね。この実験はリアルタイムフィードバックと親和性が高いかな、とみんな思い始めていた時でした。釜谷さんは途中から入って、初期メンバーとは異なる思いがありましたか?
釜谷:その時はついていくので一生懸命だったので…。俳優さんの演技はとにかく凄かったです。
― 現在、釜谷さんは、フィードバックのためにデジタル稽古のデータを編集してくれているだけでなく、動画データをPythonを使って解析してくれています。
釜谷:現在は、俳優さんのデジタル稽古の様子を収録した動画データ、また演技経験のない人のデータを骨格推定手法を用いて解析しています。
デジタル稽古は方法がフォーマット化されているので、現在行っている骨格推定の方法では、俳優さんのようにトレーニングされている方と、そうではない方との違いは、値としては大きな変化は出ていません。
大きな動きが入る、セリフといった音声解析が入ると全く異なってくるとは思います。また、現在の方法であってもデータが蓄積されると違いは出そうな予感はしますね。今、論文化しているので、そちらで速報を出せればと思っています。
― 演技データの蓄積はこれまでも続けていきたいですね。またこのデジタル稽古からデジタルポートフォリオの概念が生まれ、この実験に協力してくれた仲島 大樹さんがリーダーとなる「デジタルポートフォリオチーム」が生まれました。
デジタルポートフォリオチームの誕生
デジタルポートフォリオは、俳優さんの演技の特徴をキャスティングする方々に知っていただくための動画ベースのポートフォリオを作成しようというプロジェクトです。※本プロジェクトの対談は、近日公開予定です。
西垣:このチームでの動きがあってこそ生まれた概念でした。俳優さんは演技が仕事ですが、なかなか演技を幅広く見せる場所がないと聞いて、デジタルポートフォリオが普及すればもっと仕事につながるのでは?と思うように。
― モデルさんは静止画を見せる仕事としてコンポジットがあり、動きを見せる現場としてウォーキングなどのキャスティングのための素材が存在するけれど、俳優さんには動画で自身の演技を見せるプラットフォームはあまり存在しないという話になりましたね。
そこから、この稽古の様子や稽古データのスコアリングをポートフォリオ化できたら、という話になりました。ここで、デジタル稽古チームから、デジタルポートフォリオチームが派生しましたね。
西垣:手軽に撮れる必要性を感じて設計しましたが、撮影方法が似たプロの作品が出てきてしまったので、焦燥感を覚えました(注1)。
研究荒野に挑戦する
― そうでした、プロのお仕事とはいえ、自分たちが目指したものが既に映像化された時にはショックを受けました。最後に、このプロジェクトに参加した感想をお聞かせいただけますか?
富田:普通は先生や先輩の研究を引き継ぐことが多い中、プロジェクトの立ち上げという貴重な機会に参加できて良かったです。大変だったけれど、自分の学生生活の中で良い思い出になりました。
― プロジェクトに参加して良かったと思えることが重要なので、その言葉を聞けて安心しました。本プロジェクトは私たちにとってはまさに荒野で、開拓していく、という気持ちで臨んでいましたね。真摯に取り組んでくれた皆さんの今後の活躍が楽しみです。今日はありがとうございました。
注1:
対談で出てきたデジタルポートフォリオの動きの完成版とも言えると思われた作品、「タオルの折り方が違います」。
【芋生悠×岡太地「年上日記.」】
高い演技力で注目を集めている女優、芋生悠(いもうはるか)。その演技の魅力を最大限に引き出すため、「イメージ演出」を大学で教えている岡太地が映画づくりの「演技」の部分に焦点を当てたオリジナル作品を企画。演技者が何を感じながら演技をするのかを実際に話し合い作り上げるメイキングパートと、男女の日々を描いたラブストーリーパートで進行していく。
解説:スマートフォン向け縦動画かつひとりの俳優に焦点を当て演技を引き出していく、というスタイルはデジタルポートフォリオ班が目指していたもの。クオリティの高さに全メンバーが打ちのめされる結果となった作品である。
アクティングプロジェクトについての記事:
研究に関わる全てのご協力者さま方、何より研究に取り組んでいる学生、研究者の方々に♡をいただければ嬉しいです。