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ハートダイバー 二話目

 夢を見る。何度も同じ夢を見る。
 武道館でルイが自分の胸に短剣を刺し、死ぬ夢──
「ルイッ!」
 がばりと起き上がり、携帯が鳴っていることに気づく。
 ピピピピッ。ピピピピッ。
「アラーム……鳴ってたのか……」
 こうなるまでは、自分たちの曲をかけていた。朝は「ニコイチの君と僕」、夜は「愛の証明」だ。
 だが、どうしてもあの時のことがフラッシュバックしてしまう。理由はそれだけではない。曲の解釈が、まったく変わってしまったのだ。

〝好きな曲だったのに、もう聞けない〟
〝デスノートならぬデスソング〟
〝死ぬときこの曲かけよ♪〟

「早く、ルイを見つけないと」
 すっかり解釈が変わってしまった曲のことも、もう一度取り戻したい。ダイバーの仕事が、一番ルイを見つける近道だと、ダイキは感じている。
 ルイを見つけて、罪を償って──どれくらいかかるかわからないけど──
「俺達の曲、絶対取り戻す」
 窓際にかけている真新しいスーツが朝日に照らされている。

「あつい~、愛崎さあ~ん、ネクタイ取っていっすかあ~?」
 ダイキはさっそく、特殊なサングラスをつけて、パトロールをしている。昼から出勤し、様々な研修を受け、夕方から街を巡回しているが、とにかく暑い。
「おいおい、一応政府機関だぞ」
 返事を待たず、ネクタイを外しているダイキに、あきれたように愛崎が言うが、どうやら黙認してくれるらしい。
「そういえば疑問なんすけど、監視カメラで、うつ状態検知できるんなら、パトロールしなくてよくないっすか?」
「死角があるだろ。それに、こっちで見つけたら、すぐに対応しやすい」
 サングラスには特殊な技術が施されている。監視カメラ同様、心拍数や体温、倦怠感やうつ状態が検知できるようになっている。
「うわ、真っ赤。もしかして、これ!?」
 突然、ダイキのサングラスの目の前が真っ赤に染まり、耳元でアラートが鳴る。
「どこだ」
「赤くて長い髪で、ピンクのリュックサック背負って──」
 そこまで言って、ダイキは言葉に詰まる。
「ダイキ?」
「あの子、〝Nicoihi〟のファンです。たくさんグッズつけてくれてますっ!」
「〝Nicoichi〟ってお前の」
 だが、人込みが多く、二人は見失ってしまう。
「どこいった!?」
「わかりませんっ」
「お前のファンだろっ! 考えろ!」
「そんな無茶な……あ……DVD胸に抱えてました」
「DVD?」
 ダイキは嫌な予感がする。
「あのDVDは、〝愛の証明〟がライブで初披露されたやつです。もしかしたら」
「! その曲を流しながら死ぬつもりか!?」
 ダイキは頷く。どこか晴れやかな顔をしていたから、もう思い残すことはないのだろう。おそらく、ホテルに戻って──DVDを鑑賞しながら──。
「〝愛の証明〟は何曲目だ?」
「三曲目です」
 時間がない。愛崎はふーっと息を吐きだす。
「しらみつぶしにホテルに電話するぞ」

 女の子は久しぶりの東京を満喫し、ホテルに戻ると、さっそくカッターナイフを取り出す。大好きだったバンドが、自分の知らないところで、ファンと死のうとしたことは、彼女に強いショックと衝撃を与えた。
(私だってファンクラブに入っていたのに!)
 自分のところには一緒に死のうというダイレクトメールは来なかった。それが悔しくてたまらない。
 だからあの武道館で、他のファンが次々と一緒に旅立つ姿を見せつけられ、歯噛みしたのだ。
 準備が終わり、ふかふかのベッドに横たわる。カッターナイフを手にし、チキチキといたずらに出してみる。
 大好きだったルイはもういない。ファンを置いて消えたルイなんて──。
 一曲目が大きいテレビ画面に流れ始める。

『その時、ダイキがすごい顔しててさ』
『お前がいきなり驚かすからだろっ!』

(あー好きだなールイ。やっぱり、かっこいい──)

『いよいよ、僕らの新曲発表です。聞いてください〝愛の証明〟』
 ~♪

(ああ、これで死ねる──)
 刃先を手首に当てると同時に、勢いよく扉が開く。女の子は思わずカッターをそちらに向ける。だが、男二人は怯えるどころか、安堵した表情をみせる。
「よかった~」
「間に合ったな」
「ピンクのリュックが肝でしたね」
「髪も赤! ド派手なおかげでホテルマンの印象に残ってたな!」
 はははっと笑いだしそうな二人に女の子は困惑する。
「なに? なんなの? け、警察呼ぶわよっ」
 呼べばいいと、年上の男が言う。
「俺達はあんたの自殺を止めに来た。自殺防止委員会のダイバー、愛崎だ」
「俺はダイキ。死なせないよ。絶対に」
 そう言って近づいてくるダイキに、女の子は驚く。髪が黒く染まっていて、一瞬誰か分からなかったのだ。
「だいき? Nicoichiの、ダイキ!?」
「うん……応援してくれてたんだよね」
 ダイキは微笑み、距離を詰める。
「来ないで! どうしてあんたが生きてるのよっ! ルイとダイキはニコイチなんでしょっ! じゃあ一緒に死ぬべきでしょっ! どうして生きてるのよっ!」
「俺はルイを取り戻す。罪を償わせて、もう一度二人でライブをする。約束する」
「うるさいうるさいうるさいっ! ルイは歌ってるじゃないっ! 愛が証明できないなら死のうって!」
 その言葉にダイキは思わず飛びつく。ナイフが頬をかすめるが、構わず女の子の手首を捉える。
「この曲が君に届いてるっ!!」
「────っ」
「ルイは言ってた。この曲は孤独を感じてる人に、一人じゃないって、届けるためだってっ! それが愛じゃないならなんなんだよ!」
 だが、女の子は止まるどころか逆上し、掴まれた手首を振りほどき、ダイキの身体を切り裂く。
「っつ!」
「じゃあどうしてルイは私たちを置いて逃げたのっ! どうしてルイは死ねなかったの! 死んだ子も、誘われなかった子も、みんなみんな一人ぼっちじゃないっ!」
 倒れたダイキに馬乗りになって女の子が叫ぶ。だが突き立てようとしたカッターナイフがダイキに刺さる寸前で、女の子は気絶する。愛崎が、後ろからスタンガンで眠らせたのだ。
「油断するな。相手も必死だ」
 事前研修で、縄や催涙スプレー、スタンガンなど物騒なものを使うと言われた時は信じられなかったが、なるほど、こういうことかとダイキは納得する。
「さっさとやるぞ」
「はい」
 その場でヘルメットを準備し、二人は女の子の潜在意識に緊急ダイブする。
 なぜなら、場所を移している間に意識を取り戻し、逃げられたり、死なれたりするのを防ぐためだ。

「オォオオォオオオオオ」
「こいつは──」
「──っつ」
 異様な状態だ。バラバラにちぎった胴体を、子どもがぐちゃぐちゃにくっつけたような──言ってみればまるで肉の塊が苦しみに喘いでいるようで不気味だ。
(なんだ。こいつ……対峙しただけで、足が震える。吞まれそうだっ)
 明らかに前回とは比べ物にならないほど強い。だが、バケモノの涙に気づき、それが、女の子と重なる。もう、ファンを見殺しにはしない。ダイキは、恐怖で竦む身体を奮い立たせる。
「俺がやりますっ!」
「よせっ、ダイキ、こいつは前のやつとは違うっ! 今のお前じゃまだ無理だっ!」
 だがダイキはどうしても自分の力で助けたかった。俺達〝Nicoichi〟のファンで、あの曲が好きで──無茶はしないと約束していたにも関わらず、焦りからバケモノの吐き出す液体をよけきれない。
「……うくっ!」
「っつ!? 愛崎さん!?」
 だが、攻撃が命中したのは愛崎だ。ダイキをかばったのだ。
 ふらりと倒れた愛崎を抱えて、ダイキはその場を離れる。だが、愛崎に触れた瞬間、彼に直撃したトラウマが、ダイキにも伝播してしまう。

 ──彼女のトラウマは、実の父親からの性的虐待

「うっ! おええっ! げえっ!」
 なんとか距離を取ったはいいが、頭がガンガンし、全身から脂汗が噴き出す。少し触れただけでこのダメージだ。ダイキは忠告を聞かなかったことを後悔する。果たして愛崎は──。
「心配っ、すんな……まあ、慣れてる」
 愛崎はふらつく身体を、なんとか二本の足で踏ん張る。
「……っ、研修で、トラウマのバケモノにもランクがあるって、言ったよな。この前のが重度Ⅴだとすると、アレは重度Ⅶだ。通常のやり方は通用しない」
「じゃあ、どうすれば……」
「目には目を──トラウマにはトラウマを──」
 愛崎が何かを思い出すように胸に手をあてると、みるみる苦しみに顔を歪め、涙を流す。
「この技は溜め込んだ感情を〝爆発〟させるものだ」
 喜怒哀楽、憎しみや悲しみも、エネルギーに違いない。そして当然、より強いほうが勝つ。
「あーくそ。絶望で胸が押しつぶされそうだぜ。なあ、一緒に泣いてくれるよな?」
 まるで千手観音のように銃口が増え、そこから、一斉に弾丸が飛び出す。
感情爆発バーストオブエモーション〝悲しみの銃弾バレット〟」
「ぎえええええええええ!」
 それは涙の弾丸。着弾すると、大きな水流が現れ、彼女のトラウマを丸ごと飲み込んで洗い流す。
「散っていく……希望と一緒に」
 キラキラと、光が瞬き、消えていく。
「きぼうは……なくならない……ぜ、たいに──」
「愛崎さんっ」
 かなり疲労するのか、ぐったりとした愛崎を抱え、ダイキは顕在意識に浮上する。
「死にませんよね!?」
「ははっ……ばーか。一日、寝てりゃ、なおる……」
 眠ってしまった愛崎を抱え、ダイキは拳を握る。
(なにも、できなかった……強くないたいっ。もっと──)

 半年後。精神科で、女の子はあの曲を聴いている。そこへ長身で柔和な笑顔の精神科医が話しかける。
「ずいぶんよくなったみたいだね」
「はい……ダイキが、ルイを見つけるって、約束してくれたんです。だから私、前に進めそうです」
  ダイバーの治療後しばらくは、その呪縛から解き放たれ、フラットに自分と向き合うことができるのだ。これをキッカケに立ち直るものも多い。
 彼女もまた、その一人だ。

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