獣でもなければ鳥でもない、コウモリみたいなどっちつかずの貴方は何者?
3都市チャーチ
革靴好き界隈で、一部熱狂的なファンがいる英国靴があります。
その名は、“チャーチ”。
https://www.church-footwear.com/jp/ja.html
イギリスの国民的英雄、あのジェームズ・ボンドも慰めの報酬では“チャーチ”を履いていました。
(今では、おなじ英国靴の“クロケット&ジョーンズ”を履くようになってしまいましたが…)
“チャーチ”は現在プラダグループの一員ですが、それ以前にチャーチ家が家内工業でやっていたころの靴が、コレクターにありがたがられています。
靴のインソックスに書いてある都市数でおおよその生産時期が分かり、0、2、3都市記載が旧旧旧、旧旧、旧チャーチ、“プラダ”買収後の4~5都市記載が現行チャーチと区別されます。
新旧1番の相違点は、“チャーチ”にかぎった話ではありませんが古い靴は今の靴と比べて、革質が全般的にいいと沼住民の方は言われます。
“チャーチ”にかぎった話では、旧型と現行で使われているラスト(木型)が違っていて、マニアはその古いシルエットを好むようです。
“井戸多美男作”のメガネに端を発した色縛りのアイテム選びは、革靴に飛び火をしてしまいました。
革靴にハデなゴールドを使うなら、プレーントゥやUチップのような質素な面持ちの靴には浮くと思って、パーフォレーションが付いた該当靴を探していたら…
見つけました。
3都市チャーチのモンクストラップ、ピカデリーです。
5万5千円也。
バックルも金色。
“チャーチ”といえば、ディプロマット、チェットウィンド、バーウッドなど穴飾りの付いた、そうそうたる顔ぶれが人気を博しています。
木型が独立系ブランドのときとちがうとはいえ、現行でもおなじペットネームで生産しているこれらの靴は、未使用品をオークションサイトで比較的容易に見つけることができます。
それでも逆バリを好む性格なので、こういったメジャーどころの紐靴ではないモンクストラップが、自分らしかろうと思った次第です。
それに、革靴マニアが絶賛している旧型73ラストの靴を履いてみたくなりました。
ところがこのピカデリー、厳密には『旧チャーチ』ではなかったのです…
旧チャーチでもない
パッと見はフツーのピカデリー、ところが画像をよく見るとただのピカデリーではないことに気づくのでした。
最初に、革底に刻印されている「OAK BARK TAN」の文字。
アウトソールに樫の樹皮のタンニンなめし革を使用していることを示しているのですが、オリジナルにはその表示がありません(というか、材質自体がちがうと思う)。
オリジナルピカデリーもふくめ、“チャーチ”を代表するモデルの革底には「Custom Grade」、「Made In England」と書かれています。
2つ目に、ピカデリーはグッドイヤーウェルト製法の中でもウェルトが1周回っている風に見えるだけのフェイクダブルウェルテッドのはずですが、写真を見るかぎりはかかと手前までのシングルウェルテッド。
極めつけは、インソックスの◯で囲ったChurch'sのロゴと3都市名の間に入っているはずのMADE IN ENGLANDの文字が印字されていないΣ(*゚Д゚*)
そして、3都市名の下に入っていた気がするCustom Gradeの文字もない…
旧チャーチではないのなら、いったい何?
…
…
そうなんです。
“プラダ”買収後に73ラストから173ラストへ移行して、ピカデリーは生産終了の憂き目にあいました。
その廃盤になったピカデリーを現行チャーチの4都市になってから、再度73ラストで作りなおした復刻版だったのです。
復刻版ですら、発売から10年以上の月日が流れています。
そもそも中古市場に出回っているピカデリーの数は少なく、復刻版といってもオリジナルよりも流通量はもっと少なく、その少ない中でもミラノまで記載された4都市表記の復刻版ピカデリーしか見たことがないので、3都市表記の復刻版ピカデリーはオリジナルピカデリーよりも超レアです。
しかも、デッドストック。
“チャーチ”はゲリラ的に以前のモデルを限定復活させるときがあり(ピカデリーも173ラストで復活させるとも聞いた)、オークションサイトにはその復刻版を旧型と偽って情弱に高値で売りつけてくる悪徳業者もいるので、気をつけてください。
時代のはざまに咲いた復刻版ピカデリーの現物と対面すると、さらに驚くことになるのです。
プレメンテナンス
箱を開けたら、一面に『押し入れ臭』がただよいました。
長期間空気の入れ換えがない空間で、一般人が箱詰めで保管した革靴のなれのはては、“ジョイックス”コブラヴァンプで経験ずみです。
型くずれ防止用の無造作に突っ込んである紙を引っ張りだすと、紙に靴の色が色移りしていました。
出荷時についたであろうウェルト目付のこびりついたワックスから推測されるに、出荷されて1度もケアされていない靴だと思われます。
ステインリムーバーでアッパーの汚れを落として革のスッピンが現れると、そのマットな質感から違和感を感じるのでした。
「バインダーカーフじゃない!?」
“チャーチ”は旧型まではブックバインダー、現行はポリッシュドバインダーという名称のいわゆる『ガラスレザー』を多用しており、ピカデリーはバインダーカーフしか見たことがありません。
革表面を樹脂でコーティングしているので、水に強いとされている革です(ソールがレザーなら、雨用でもないと思いますけど…)。
そのむだにテカっているバインダーカーフが好きではないのでうれしい誤算でしたが、このピカデリーがますます分からなくなってきました。
ホンモノか?ニセモノか?
パサパサに乾燥しきった、厚くて硬いアッパーを保湿するのにデリケートクリームを塗ると…どんどん吸い込んでいきます。
デリケートクリームは塗りすぎると、吸収しきれないクリームのカスがボロボロ落ちてきますが、6回塗ってもぜんぜん平気。
あとは、ライニングにもデリケートクリームを塗って終了。
仕上げに、シュークリームを塗布してブラッシングをすると、この靴の実力が現れてきます。
鈍く光っている革は、世間でいわれているほど現行物の革質はわるくない…というのが率直な感想でした。
ピカデリーは、カウンターライニングに革を貼っていないので、かかとがすべらずとてもマトモに脱げる靴ではありません。
革の状態をリセットした時点で、誉れ高き73ラストとの戦いの幕が切って落とされるのです。